2005年度JIA新人賞講評



 2005年度のJIA新人賞は、応募作品として38作品が寄せられた。第1次書類審査後、仙田満、椎名英三、妹島和世の3名の審査員により、5作品を選出。その後、第2次審査の現地調査を行った。この程、最終審査がまとまり、2作品が2005年度のJIA新人賞に決定した。

2005年度日本建築家協会新人賞 現地審査対象作品
応募作品名 設計者 設計事務所
調布のアパートメント 石黒由紀 (有)石黒由紀建築設計事務所
新大江の住宅 末廣香織・末廣宣子 NKSアーキテクツ
材木座の住宅 下吹越武人 (有)A.A.E.
清里アートギャラリー 岡田哲史・陶器浩一 (有)岡田哲史建築都市計画研究所 
滋賀県立大学環境建築デザイン研究機関 
砥用町林業総合センター 西沢大良 西沢大良建築設計事務所 

受賞者
砥用町林業総合センター
受賞作品 砥用町林業総合センター

石黒由紀
受賞作品 調布のアパートメント
講評: 仙田 満

 本年の新人賞の応募は総数38点であった。
 第一次審査はJIA岐阜大会で公開審査として行われ、5つの作品が現地審査対象作品として選出された。5つの現地審査は10月〜12月にわたり、1月の最終審査会にて<砥用町林業総合センター>と<調布のアパートメント>が本年のJIA新人賞として決定された。
<砥用町林業総合センター>
 熊本県のアートポリス事業は数多くのすぐれた建築作品を生み出している。磯崎新氏がはじめられ、現在は伊東豊雄氏達がコミッショナーとして活動している。1988年の事業スタートからすでに15年以上も継続しているが設計者選定のシステムとして大きな実績をあげており、建築学会賞やJIA新人賞も多い。東京都の設計者選定委員会が今やほとんど機能していない状況を見ていると首長の理解がそのカギであることが知らされる。
 砥用町林業総合センターはアートポリス事業の70番目のプロジェクトといわれている。この建物の機能は集会所兼体育館であって延面積は520㎡、総工費1億3600万円余という比較的小さな建物である。林業を町の事業としていることから、地元の杉材を多用することを要請され、谷間の町の丘の中腹に立てられ、木とガラスの小さな宝石箱のようにおかれたシンプルで美しい建築となっている。この建築のすぐれた点は木造とスティールの混構造のトラスである。構造はアラップ ジャパンが担当したようであるが、アイディアは設計者が模型をつくり、構造家に提案したと語られていた。建築家に構造に対するすぐれた理解がなければこのような構造が空間をつくりだす建物は生まれないであろう。写真で見たときの印象よりも実物の方がよりトラスの空間性を実感できた。特にその杉材の斜め格子と外部のスティールの1mピッチの柱との構成は見事である。設計者は森の茂みのような空間をアーティフィシャルにつくりたかったと言っていたが、そのイメージはきわめて高く合理的に実現されていたと思われる。設計者はこの建物を木とスティールでつくることにこだわり、基礎構造においてもそのコンセプトを展開している。ローコストであるために仕上げ材は少しチープな感じがないわけではないが、スクエアーな外形と森のイメージの120mm角の杉材のトラスの融合によってきわめて豊かな空間性が与えられている。上部のガラスの壁面と下部の黒い杉板による壁面の構成は内部からみると周辺の山々と空の関係を切り取り、浮遊感させ与えられている。
 周辺の環境との関係性、構造と空間との融合、建築全体のコンセプトの強さ、町の要請にこたえた素材による高い空間性、洗練されたディテール等、多くの点ですぐれた建築を実現している点で今年の新人賞候補として最も高い評価を得た作品である。
<調布のアパートメント>
 都市住宅は時代によってその要請が異なる。特に日本のように50年間で床座の生活からイス座の生活にかわった国においては、時代によって家族の生活の仕方も、家族の関係も変化し、それに伴う空間の構成さえも変化してきているといえる。今回の候補作品における都市の住宅の形式においてもそれを実感した。今回、砥用町林業センター以外の新人賞候補作品はすべて住宅であった。もちろん新人賞という比較的若い建築家達が取り組んでいる仕事の多くが住宅であるから当然であるともいえる。
 調布のアパートメントは候補作品の中で唯一集合住宅の作品であるが、その住居形式はどちらかといえば個人オーナーの小さな賃貸アパートの類型に入るであろう。住んでいる人もほとんどが独身かこどものいない世帯である。共同して住むという住まい方としての提案は感じられない。多分それはクライアントからも要求されなかったのであろう。この建物のおもしろさは建築的な解決にある。10m高さ制限に4層構成というアイディアが卓越している。1階部分をピロティーにすることによる中央に縦動線をもうけ、各戸にアプローチする。その階段コアーは天井が抜け明るく気持ちよい。階段空間から個室へのアプローチも中間空間をつくり、バルコニーを経由する形も楽しい。居室は多様でフラットもあるがメゾネット形式もそれぞれの室が個性的である。まず敷地に対し、2棟に分棟している形式のアイディアが秀逸だ。一体的でなく分棟化することによって各室の自由度が大きくなっている。また都市住宅の姿としても好ましい。ディテールはシンプルであって気配りもある。中央部にコンクリートの壁面を設け、構造的コアーを形成し、周辺部は鉄骨の比較的細い柱によってピロティーを支えている。プロポーションも美しい。安い工事費の中で精一杯若々しい感覚でまとめており、全体としてはJIA新人賞としてふさわしい建築的に洗練された作品である。
<新大江の家>
 住まい方という点では新人賞候補の4住宅作品の中では最も評価できる作品が新大江の家である。3人の姉妹とその家族のための住宅であり、現代的な大家族形式の住宅と言って良いだろう。2組の家族にはこどもがいて、こども達が3つの家族の大人たちによって育てられる。共同のダイニングリビングが広々とした空間の中にまるで保育所のようにつくられている。コンクリートのボイドスラブによる門型架構に3人の家族の室はそれぞれ独立しながら筒状の空間として設定されており、それも住宅の個と全体の構成としてとても説得力がある。ディテールもていねいにつくられている。しかし全体のコンセプトがディテールとしても一貫して展開していればと惜しまれる。本住宅は少子化社会における新しい子育て空間として注目したい。それは発注者の意向が大きく、その発注者のアイディアに敬意を表し、あわせてそれをうまく新しい住宅の型としてまとめた建築家の力量を高く評価したい。
<清里アートギャラリー>
 この住宅はタイトルとしてはアートギャラリーとして名づけられているが、絵の好きなオーナーの別荘であると見るべきと思う。この別荘の特長は木造の舟形の構造パネルによる空間構成である。建築家と構造家のコラボレーションによりつくりだされたこの舟形の殻体による構造システムをCSS(Container Structure System)と呼んでいる。これにより非常に短い工期と安い工費でユニークな柔らかな建築を実現している。舟形の構造体自体の二重性をうまく利用し、住まいとしても小さなギャラリーとしても好ましい空間づくりに成功している。カラマツ林におけるこの住宅の形態はあるさわやかさを与えている。より大規模な形でこのCSSが実現することができれば、より説得力のある建築として評価されるだろう。今後の二人のコラボレーションに期待したい。
<材木座の家>
 材木座の家は鎌倉の材木座海岸の近く、かつての別荘地を小さく分譲した新しい住宅地の中にある。キュービックな空間の中に中央に小さな吹き抜けをつくり、それを囲む形に異なる層を配している。小さな空間にもかかわらず、全体としてのまとまりと各スペースの独立性と回遊性が実現されている。生活を楽しむ若い世代の小住宅としてのおもしろさが感じられたが、将来のこどもと共に育つ家としての空間としては少々疑問を感じた。この立方体の住宅は木造である。木構造に外部も内部もモルタルを塗りまわしているところに違和感があった。全体としては空間としての構成やプロポーション等、新しい住宅建築をつくる力を感じさせる建築家の住宅作品となっていたと評価できる。

 良い建築を生み出すのは良い設計者選定のシステムが不可欠である。今年の新人賞作品がアートポリス事業によるものであることは偶然ではない。JIAはQBS等の設計者選定の方式も独自に提案しているが、良い建築の創出と若い建築家のチャンスの場をつくることに今後さらなる努力を傾注する必要がある。建築家はさまざまな家族のために住宅を設計する。多くの家族は今の時点だけを考えて建築家に要望を出す。しかし年とともにそこに住む家族の形態も住まい方も変わる。建築家は少なくとも25年先を見通しながら住宅を設計しなければならないのではなかろうか。今回、新人賞の現地審査をし、若い建築家がきわめて安い工事費にも関わらず新しい空間づくりに挑戦している姿に感激した。しかし安い工事費は安い設計料にもつながっている。設計料率をもっと高く設定すべきだ、設計料よりも施主の車の方が高いというのはおかしいと話した。若い建築家たちのためにもJIAが設計業務環境の改善に向けたよりどころを開拓していかねばならないと感じた。JIA新人賞に応募していただいた多くの方々に感謝し、また雨や寒い日にも関わらず現地審査に立ち会ってくれた建築家に深謝し、ますますのご活躍を祈りたい。


講評: 椎名英三

 建築は難しい。素晴らしい空間性を携えた建築の実現は、真実難しい。建築の設計はそれだからこそ、挑戦し甲斐のある仕事なのかもしれない。今回の審査を通じて、空間性を持つ建築の稀有なことを再確認することになった。私達は、素晴らしい建築を目指して、もっと頑張らなくてはいけない。

砥用町林業総合センター
 設計者には、山間にある林業の町のシンボルとなる建築が求められた。西沢さんは、地場の杉材を多用するという条件の下、集会所兼体育館というその内部機能に相応しい空間を現実化する方法として、ロングスパンに対応する通常のトラスやアーチで覆うという一般によく見られるような解法を否定した。西沢さんの採った工法は、一見しては理解できないような複雑な構造システムだった。この複雑な鉄と木のハイブリッド構造を現実化するということは、設計及び施工監理を通して設計者である西沢さんは、そこに膨大なエネルギーを費やしたに違いない。町を見下ろす丘の上に建つこの建築のエレベーションを、彼方より遠望すると、ガラスの箱の中に、繭のような形をした木構造のフレームが、ユニークで幻想的でさえあり、町のシンボルとして成功しているように思われる。ただ内部空間に於いては、その目的空間を形成するという木材の1.4メートルグリッドが少し大きすぎるように思えてしまう。又ミニバレーボールをするときには、その太い木材の饒舌さが、視覚的にプレーの邪魔になるようにも思われる。しかしそれらを超えて、全体の構成及びガラスファサードの処理など、設計者の力量を感じさせる建築になっている。
 
調布のアパートメント
 東京の郊外の、一戸建てや長屋や低層の小さなマンション等がてんでバラバラに建っていて、空き地が目立ち、街並みもない茫洋とした敷地。この殺伐とした風景は、もとより設計者の責任ではない。このような絶望的な環境の中に建つべき建築の姿はいかにあるべきなのか。この困難な問いに対して、石黒さんは、清楚で明解な建築を持ってその答としている。大きな1棟の建築をつくるのではなく、小さく2棟に分けたこと。住棟に表裏の格差をなくし全方向性を実現すべき方法を探し求めたこと。1カ所のみ90度の角度を持つ住棟の四角い平面は、90度回転させて2棟配したとき、微妙な角度差が視線を巧妙に除ける配置を可能にしているということ。外部に向けてシースルーのテラスと連続し、風が抜け光が注ぐ住棟中央の魅力的な共用階段の回りに、3階の1層のみに水回りを位置づけ、それにより高さを稼ぎ、制限高10メートルに4層を確保したこと。様々な創意工夫がなされたこの建築は、屋根つきパーキングとプライバシーの確保という役割を担ったピロティによって浮上していることで、前述したような猥雑な周辺環境の中にあって尚更、そのピュアな姿に聖性をさえも感じさせるのである。惜しむらくは、外部空間により多くの緑を計画したかった。それが潤いの拠点となって、殺風景な周囲の風景に影響を及ぼすことは大切ではなかったか。

新大江の住宅
 コレクティブハウスという魅力的なプログラムを持った住宅である。当然のことながら、空間はプライベートとコレクティブとにゾーニングされる。大きな直方の空間にプライベートが位置づけられ、残余の空間がコレクティブスペースとされる面白そうな構成である。しかし残念ながら実際に見ると、コレクティブスペースは大きな空間なのだが、拡がりを感じられなかった。又、せっかく広い庭がありながら、コレクティブスペースと庭との関係も弱い。最上階の個室3のあり方も重くわざとらしい。そして様々なディテールに、真実でない操作を感じざるをえなかった。

材木座の住宅
 この住宅を写真から判断すると、精神が研ぎ澄まされるようなクールな空間が想起された。スピリチャルな空間との出合いの可能性を感じさせた。下吹越さんが説くガラススクリーンの効果も期待された。期待が大きかっただけに失望も大きかったかもしれない。玄関の扉を開けた瞬間に、それを感じてしまった。黒い意匠は、物質を超えたレベルに到達していて欲しかった。白と黒の対比はこの住宅の場合、強さよりも甘さを招いてしまったかのように思える。しかし、海を望める屋上を生活空間の一部に利用できるようにしたことは、評価できる。

清里アートギャラリー
 建築を、機能を特定できない1次空間と、明確な機能を持つ2次空間とに分け、2次空間は閉鎖形とされ構造体が付与される。2次空間と2次空間の間に1次空間が発生する。この建築は、上記の理論の有効性を問うている建築でもある。
 実際の空間を体験すると、2次空間をギャラリーとするには窮屈であり、キッチンは2次と1次に跨ってしまう等、この理論の有効性が疑われた。開口部のサッシのディテールにはセンスを感じられたが、なによりも無神経な壁目地のあり方、空間の連続性の欠落、面積の割に狭苦しさを感じる等々、写真の印象とは違い、あまりにもプアな空間であるように思われた。内部空間に於いては構造システムを積極的に見せた方が遙かに良かったのではないだろうか。


講評: 妹島和世

砥用町林業総合センター
 西沢大良さんの砥用町林業総合センターは小高い丘の上に立っていた。国道から道を折れた瞬間に目に飛び込んできた。大変きれいなプロポーションであり大変きれいな建ち方である。近づいていくとどんどん力強くなってくる。神殿のように非常に堂々としていながら、自然換気や通風等についてのたいへん繊細なディテールで出来上がっている。見学に行く前に少し大げさではないかと思っていた木のフレームは、建物の外から見れば同じようにも感じたが、内部に入ればその中に入ってしまうのでそれほど客観的に見えなくなり、さらに、屋根の薄さを見たときに、実現しようとしたことがはっきりわかった。その上で、完全に理解できたとはいえないが、そういうところが西沢さんの建築なのかなと思った。注意深く材料が選択され、そのサイズ、厚み等が決定されているから、あるところで素朴な様相も持っているがそれも含めて大変完成度の高い建物である。

調布のアパートメント
 石黒由紀さんの調布のアパートメントは新人賞にふさわしい、さわやかで野心あふれる建物であった。多少さんまんに広がる周辺の密度感、周りの建物の大きさに合わせて建物を2つの棟に分け、10メートルに4層を計画し、通常部屋の前面につくテラスをエントランステラスとして各部屋の横に配置した。そうすることで室内とテラスのつながりをスムーズにするとともに中心の共用部と外部をつなぐことができ、一般的に暗くなってしまう共用部に光を取り込むことに成功している。どの部屋も3面外部に面することができるから光や風を自由に取り入れることができ、リズミカルな立面を構成する。全面アスファルトで仕上げられた敷地から低いピロティーで持ち上げられた軽やかな2つのボリュームは、テラスをとうして楽しげな生活の様子を外部に表わしながら、新しい生活の可能性を見る人に訴えかけているように感じた。

 今回惜しくも受賞にいたらなかったが、末広香織、信子さんの新大江の住宅は、大変気持ちのよいおおらかな3世帯のための住宅であった。非常に特徴的であるプログラムからそのまま形態が導きだされていた。岡田哲史、陶器浩一さん清里アートギャラリーは独創的な構法とそれが作り出す流れるような空間が非常に興味深かった。下吹越武人さんの材木座の家は大変小さい住宅である。同規模の住宅が立ち並ぶ環境の中に機能的でかつかわいらしい建ち方をしており、単純な中にいろいろな空間が生み出されていた。

「建築家architects 3月号より」