2005年度JIA新人賞

審査員: 仙田満/椎名英三/妹島和世 

受賞作品 :
 
調布のアパートメント

石黒由紀

石黒由紀(いしぐろ ゆき)

1968年 東京都生まれ
1990年 日本女子大学家政学部住居学科卒業
1990〜93年 東京工業大学工学部建築学科研究生
1993〜96年 石田敏明建築設計事務所
1996年 石黒由紀建築設計事務所設立
現在,東京理科大、法政大、東海大にて非常勤講師

主な作品
1994年 計画O/田堀繁と共同設計(SDレビューSD賞)
2003年 隅のトンガリ(東京建築士会住宅建築賞金賞)
2004年 あざみ野の一戸建(東京建築士会住宅建築賞)
2005年 調布のアパートメント(東京建築士会住宅建築賞)
      (東京都建築士事務所協会東京建築賞優秀賞 [共同住宅部門])
      (JIA新人賞)


調布のアパートメント
外観  撮影:平賀 茂
調布のアパートメント
内観  撮影:平賀 茂

「調布のアパートメント」

石黒由紀
  分棟・全方向性
  郊外の集合住宅における快適さとは、一般的に居住空間で要求される採光、通風、眺望などの他に、多数の住戸が集まることで発生する住戸間、共用部および隣地との、空きと視線のとり方のデザインによって得られると考えた。
  敷地周辺は駐車場などの空地が多く、平屋の長屋、一戸建て、4階建のマンション、といろいろな形と大きさの建物がまばらに混在している。この殺風景な広がりに馴染ませるため、戸建住宅に違和感無い大きさのヴォリュームの分棟とし、直角を少し崩して幾何学的な強さを緩和した外形によって、さりげない存在感にしている。また建蔽率に余裕を持たせ近隣の建物や住棟間の距離を大きく確保することで、採光、通風、眺望に有効な開口部を外壁全周にまんべんなく獲得している。さらに一階をピロティとして地面を開放し重量感を緩和するとともに、通行人とのプライバシーの問題や屋根付き駐車場などの条件も解決した。平面中央に配置した共用階段には各住戸のテラスが接続し、立体的に風や視線の抜けるボイドが住戸同士の距離感をつくり出している。外観からテラスや窓越しに見える内部の様々な奥行きにより多様な生活像が感じられる。また設備と配管を共用階段の壁内に納めて裏表の関係をなくし、ピロティの全方向性も確実にした。以上の条件がそろい、配置を90度回転させるという単純な手順で、住棟間の視線の向合いを回避し各住戸ごとの環境条件に優劣ではない違いをもたせることが可能になった。

斜めの壁・大小の部屋
  各住戸内部は斜めの壁面を使って、二棟間は壁面同志に角度を付け相互の視線をずらすことでプライバシーを確保し、テラスや窓の外へと視線を誘導することで視覚的な広がりを得たり、壁の角度の違いによる多様な抜けと奥行きをつくりだしている。テラスは外周にむけて放射状に開いているため、ガラスの反射で居室内部は見え難くなっている。また、住戸内は、半屋外テラスが接続した20畳もの広さのLDKと、浴室とトイレが隣接した小さな寝室、という『大小の部屋』のメゾネットタイプを提案した。自分がいる部屋だけでなく、《こことは違う》部屋もある、という常に相対化できる構造が人間の生活に余裕をもたらすのではないかと考え、明るさ(窓の数)、素材・色味(床;フローリング/たたみ、壁;シナ合板/塗装)、も対照的に差異化した。

複数の人々・生活の幾何学
  この建物を挟んで、オーナーの会社の社屋と駐車場があり、GLレベルでは会社関係者の往来が絶えない。そこで一階がピロティとし、住民駐車場を兼ねると共に、中央の共用階段へ自然にアプローチさせている。また、全住戸の小部屋を三階にまとめ、フラットスラブと各階の直天井、設備配管の横引きを最低限にした床懐の工夫、等によって4層で10Mという高さ制限をクリアしている。
 様々な水準でどの住戸もまんべんない快適さを目指した結果、斜めの壁と共用部やテラスの抜けによる多様な方向性と奥行きをもつ内部となった。それが一見シンプルでかつコンパクトな外形に納められ、軽々と持ち上げられて、複数の人々による『生活の幾何学』ともいえる状態をつくりだしている。

「建築家architects 3月号より」