JIA 25年賞・JIA 25年建築選
JIA25年賞 受賞作品
登録No.323いわむらかずお絵本の丘美術館
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竣工時

現況
野沢正光建築工房
岩村和朗
深谷建設
1998年1月
栃木県那須郡
絵本の丘美術館は、絵本作家であるいわむらかずお氏の原画やスケッチ資料の収蔵・展示を目的としている。「絵本・自然・子供」がテーマであり、美術館通信、イベント、農場での催しなどが行われている。里山の自然を舞台に絵本を描き続けてきたいわむらにとって、絵本と自然は切り離すことのできないものであり、地元の杉材をたっぷり使った木造建築で且つ、室内の温度調整には太陽熱を利用していることも知られている。
南に向かって緩やかに下る丘の稜線に沿って、尾根道から自然な形で建物にアプローチでき、そのまま低い軒に迎えられる。東西に貫く動線の両側に展示室郡や食堂・ショップなどが配置されている。丘の形に従って二つのフロアレベルを設定し、屋根は丘の傾斜角度に合わせて2つの緩勾配を組み合わせて、大屋根でありながら、丘の斜面に沿う建物とされている。
審査の日は非常に寒い一日であった。美術館は休館日であり暖房も入れていなかったが、太陽の恩恵をダイレクトに受けて陽だまりの内部は暖かく木造空間と相まって包まれるような居心地の良い空間であった。野沢正光氏の信念は、“美しく、合理的、環境にもやさしい”である。当時は太陽熱集熱・換気システム、トリプルガラスの木製サッシといった製品は、まだ主流ではなかったが、技術的な成果を慎重に評価し採用したものである。今では決して珍しい技術ではないが、当時の新しい技術への冷静な評価と取り組みに挑戦した建築家の姿勢に改めて敬意を表したいと感じている。
木造架構は構造家の稲山正弘氏との協働である。従来の大工の加工技術と地場産無垢材によって大空間をつくるために、仕口には鋼板類を使用せず、相欠きを多用して木材のもつ粘り強さを生かした構造設計であるものの、大工の精密な手仕事を要求するものであった。その粘り強さを確保するたには2倍の安全率を見込んで余長寸法を定めたため柱から30cmくらいも突出せざるを得なくなったが、設計者野沢正光氏は必然から生した形態という理由からそのまま露出した意匠表現としているのが興味深い。当時例のない構造設計ではあったが2011年の東日本大震災では建物としてはほとんど無傷であった。
多様化する社会の中で建築がはたすべき役割は何かと問うた時、いわむらかずお絵本の丘美術館は25年を経て普遍的な豊かな風景を作り上げている。まさに25年建築賞として相応しい作品として記すものである。
村上晶子