JIA 25年賞・JIA 25年建築選
JIA25年賞 受賞作品
登録No.340「ゼンカイ」ハウス
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竣工時

現況
宮本佳明/アトリエ第5建築界
(現 宮本佳明建築設計事務所)・早稲田大学創造理工学部建築学科
宮本佳明
中武建設工業
1997年12月
兵庫県宝塚市
宝塚市に立つ長屋建ての木造建物の一戸を改修した作品である。建築家宮本佳明の自宅であるこの建物は、竣工後約1世紀を迎える直前に阪神淡路大震災のダメージを受けて「全壊」と判定されたが、彼はこれを次の1世紀も生かそうと決め、改修後は自身の事務所として使い続けている。
広島の被曝建物がよい例であるように、我が国でも被災建物の保存にはそれなりの蓄積がある。しかしそれは記念性・公共性が高い建物に限られる傾向にあった。今日そうした偏りが前時代的に見えるとすれば、それは2010年代以降にリノベーションがその裾野を急速に広げながら活発化したことによるだろう。阪神淡路大震災当時、平時でも一般的な住宅を改修して残し、使い続ける発想は希薄だった。被災した住宅の再生事例はきわめて少ない。ゼンカイハウスはその意味で孤高というに近い決断の歴史性を宿している。
宮本は設計当時、地震が壊したよりも多くの建物を公費解体制度が壊したことに注意を促した。この制度のため、災害は、老朽化した建物の持主にとってそれを「無償で取り壊してもらえる」機会を意味してしまう。同時に宮本は「公費修繕」制度も不在も指摘していた。無数の建物の喪失は、私たちの社会の偏向が産み出したのだ。ゼンカイハウスはこのことへの「異議申し立て」であった。建物を記憶の器とする文化が広く浸透したかにみえる今日においても、この偏向は健在なのではないか。ゼンカイハウスはそうしたメッセージを静かに発し続けている。
鉄骨躯体を「挿入」する設計方法も特徴的である。荷重を担う力学上の役割は次第に「大黒トラス」から腕を伸ばす鉄骨フレームに移り、既存の木造部分は記憶の継承を担う造作部材となる —— そう建築家は考えた。しかし(ゆえに)、強い鉄骨のデザインは、弱い木造の形態に従う。結果、鉄骨はイレギュラーに傾き、建具を貫き、空中を横切る。こうした既存/介入の関係は、内部ではとてもアクロバティックに見えるのに対し、外部では正面・側面・屋根周りなどに控えめな現れをとる。内部はあまり見通せない。地域社会との運営上の関係も必ずしも積極的でない。このため25年賞の基準に照らして疑問視する評価もあったが、ひとりの設計者が「建築家」としての使命感をもって取り組んだこの建物が今後も生き続け、社会的意義の重みと広がりを増してゆく可能性に期待したい。
青井哲人