2015年度JIA新人賞講評

2015年度 JIA新人賞  現地審査作品
作品名 設計者 事務所名
アパートメント・ハウス 河内 一泰 河内建築設計事務所
えんぱーく(塩尻市民交流センター) 柳澤 潤 株式会社 コンテンポラリーズ
琵琶湖のエコトーンホテル/風の音 芦澤 竜一 株式会社 芦澤竜一建築設計事務所
深川不動堂 玉置 順 一級建築士事務所 玉置アトリエ
嬉野市立塩田中学校+嬉野市社会文化会館 末光 弘和/末光 陽子 株式会社 SUEP.



講評:小嶋 一浩

 

 秋から冬にかけて各地に出掛け、5作品を体験してきました。どの建築にも、現地で体験しないとわからないような各々に異なった質があり、そのレベルはとても新人賞の審査とは思えないものでした。
 「アパートメントハウス」は、エントリーされた写真やパネルでは、まったくわからないものの代表と言っていいでしょう。小さなスペースどうしには、ひたすらにドアがある。それなのに、それらの小さなスペースは、大きなスペースに向けて「破れて」いる。幾何学の新しい用い方とでも言うべき「距離の再定義」が、ハウスの中に限界を感じさせない居場所の選択の可能性を開いている。プロジェクトのある郊外の、その近隣にはビックリするくらいの空きアパートがある。それをリソースとして、新築一戸建てよりはるかに魅力的で大きなハウスを獲得している。リノベーションやコンバージョンのブームとも一線を画している、たいへん知的でもあり、空間そのものに魅力もある建築です。
 「深川不動堂」は、伝統宗教の名所と言ってもいい初詣でにぎわうような場所に、現代建築がどう向き合えるかという可能性を真摯にとらえた建築です。1日に数回行われる護摩法要をもとに、徹底して内部から構築されています。宗教を建築の象徴性でとらえるのではなく、僧侶たちが登場したときの、法要のパフォーマンスを最大化するための舞台として建築を設計したことが成功していると実感できました。
 「嬉野市立塩田中学校+嬉野市社会文化会館」は、間に挟まる既存の商業施設という難しい与条件にもかかわらず、氾濫原であることからくる断面構成を含んだサイトプランニングがすばらしい、まさにこの土地にしか生み出しえないプロジェクトです。基礎を立ち上げて生まれた地表面の空間が、中学生たちがフッともぐり込んだり現れてきたりするパラレルワールドのようにも感じられて、アクティビティ的にも効いているのですが、同時に氾濫というこの場所の潜在性を中学に通う時間の中で身に浸み込ませることになる。この自然に対する構えは、世界中で建築を作る際に必要な普遍性を獲得しています。
 「琵琶湖のエコトーンホテル/風の音」は、風や眺望、植生や素材といった風土に真摯に向き合うことで、思想を建築として構築することに成功したプロジェクトです。例えば素材をハンドルすることひとつを取り上げても、行き届いているのはもちろんですが、こうしたホテルにありがちな「やりすぎ」とは絶妙な距離を確保しています。インテリアデザインではなく建築だからできることを考え抜いている。それが思想を感じることにつながっているのだと思いました。
 「えんぱーく」を訪れたときの建築全体に展開されている市民の日常的なアクティビティの風景は、公共建築のありうべき姿が現前していると感じさせるものでした。それを成立させているのが建築全体を構成している壁柱のシステムであり、離散的な吹き抜け空間です。普通、建築を作る側の方法が先行するときに生じがちな堅苦しさや無理がここにはなく、建築的でありながら公園のように居場所を選べるやわらかい場所が立体的に生み出されています。
 ここまで述べてきたように、5つのプロジェクトは、どれも「そこでしかできないこと」を見据えながら、各々異なるアプローチですばらしい建築空間を生み出しています。賞の審査でなければそのすべてを賞賛して終わりにしたいのですが、そうもいかないので僅差で受賞作を「えんぱーく」と「アパートメントハウス」に決定しました。

 


講評:金箱 温春

 

 JIA新人賞は、時代を反映した優れた建築を顕彰し新進建築家の作品を通じて人を表彰するものです。応募された作品はさまざまであり、大きな作品と小さな作品、新築と改修といった違いをどう評価するのか、デザインと技術との関係、地域性や社会性への配慮の仕方もそれぞれに異なります。作品だけでは選ぶのではなく建築家としての人をどう選ぶのかということを審査員として悩みましたが、建築家としての活動を社会性という観点から評価し、今後の活躍への期待を込めて選ばせていただきました。人に与える賞とされていますが、具体の作品を対象として与えるものであり作品がついてまわります。十分に賞に匹敵する活動をしているのですが今回の応募作品で賞を与えることがよいのか、人と作品との合致ということが審査員の間で議論となり、この観点から選考ではずれた人もいました。

 

 柳沢潤さんは、竣工して5年経過した“えんぱーく”で応募されました。竣工して5年ということはこの賞の応募期限の最終年となります。そのことを尋ねると、「公共建築はある期間使われてからでないと建築としての本当の姿が見えてこない」ということでした。この建築は施工中と竣工直前に訪れたことがありましたが、使われている状態は初めて拝見しました。技術に裏付けられて実現した壁柱によって構成する空間が特徴で、吹抜空間の不思議な雰囲気や壁柱で適当に仕切られた通路のような空間が若者によって思いがけない使われ方がされていることが印象的でした。人々の賑わいがこの建築が歓迎され地元に根付いていることを物語っており、粘り強い活動により地方都市の公共建築として見事な建築をつくったことを評価しました。

 

 河内一泰さんの作品は8戸の集合住宅から個人住宅への改修プロジェクトです。元の建築から面積を減らすという行為が論理的に考え抜かれた手法で扱われています。既存の構造のグリッドを生かし、角度を振ったキューブ状のボイドを内包することにより建築の中央部に大きな吹抜空間が生まれています。単なる吹抜ではなく位置によって異なる風景を見ることができ、部屋どうしがさまざまな形態で空間として繋がり不思議な関係を生み出しています。減築後において耐力壁の配置のバランスや床の一体性についての配慮が行われており、技術的にも整合性の取れた計画となっています。改修における斬新的な手法やそのプロセスを高く評価しました。審査の議論においては、このような手法がゲーム感覚の行為と見られ安易な模倣を招くのでは、あるいは奇をてらった改修が評価されたという誤解を与えるのではとの懸念も出されました。しかしながら、河内さんのプロジェクトに立ち向かう真摯なプロセスは新築、改修のいずれにも通用するものであり、今後の新築プロジェクトにおいての期待も込めて選ばせていただきました。

 


講評:佐藤 光彦

 

 現地審査に進んだ5作品は、それぞれ異なった魅力がある優れた建築でした。住宅(リノベーション)/宗教建築/中学校+文化施設/図書館を中心とした複合施設/ホテル+結婚式場、というまったく異なる機能、属性、規模の作品を、どのように比較して評価し受賞作を決めるべきなのか、大変難しい審査でした。最終的には、新人賞の趣旨にうたわれている、「真摯な努力を重ねられている新進建築家の作品を通して、人を表彰し」という評価基準、つまりは継続した試みの中でその建築家の代表作たり得る作品に、という点にもっとも合致するという意味で2作品の受賞が決まりました。別の賞であれば、異なる作品が受賞していたかもしれない、それほどレベルの高い5作品であり、審査を通して大変勉強させていただきました。

 

 「アパートメントハウス」は、審査の前にも一度訪れたことがありました。そのときは施主の子供とお友達が家の中を縦横に走りまわり、まるで珊瑚の中を魚たちが泳ぎ回っているかのような印象でした。立体的なグリッドに亀裂のような空間をつくることで部分と全体が同居する、ワンルームのような個室群のような住宅。河内さんは、今回と同様の設計手法を新築物件でも試みられていますが、リノベーションへの適用によって評価されたことに意味があるように思います。次なる展開へと期待が持てる作品でした。また、この作品は、木造の賃貸アパートから戸建て住宅へのリノベーションですが、周囲に同程度の規模のアパートが過剰に林立し飽和しているという状況に対しても、重要な提案たり得ています。

 

 「えんぱーく」は、一歩足を踏み入れた瞬間に、この建築がいかに市民のみなさんに愛され、地域に根ざし、日常的に利用されているのかが見て取れました。通常このような施設では、複合しているとはいえ部門ごとに管理が行われるものですが、ここでは図書館長が施設長を兼ねており、一貫した運営がなされているのも特徴的でした。このような体制はコンペ前から行政側で検討され仕組まれていたものであり、これに建築家として見事に答えた設計がなされていました。この建築を強く規定している壁柱は、図書館部分では書架の中でその姿を消し、特に機能が限定されていない3階のスペースでは、壁柱の林の中で学生たちが思い思いに自分のお気に入りの場所を見つけ、寄り添うように使いこなしているのが印象的でした。

 

 あらためて、受賞した2作品を振り返ると、建築としての強い形式性を持ちながら、それによって人びとが自由に、活き活きと振る舞うためのプラットホームになりえているという共通点があるように思いました。