講評:
長谷川 逸子
11月の「建築家大会2006奈良」で新人賞の第一次公開審査を行った。応募数は38点で大型の公共建築から最小限住宅まで作品はさまざまであった。投票と意見交換を繰り返して5点の作品を現地審査対象作品として選定し、1月?2月にそれらの現地審査を行い最終審査会で賞を決定した。見学したどの作品も建築家の努力がにじみ出ていたが、空間性からディテールまで飛び抜けた精度を持っていたものが小川広次氏の「阿佐谷南の家」であった。この作品と並べ得るもう1点を今回は選ぶことはできなかったため、この1点を本年のJIA新人賞として決定した。
<阿佐谷南の家>
施主夫妻は建築家の作品に住まわれるのが2件目ということで、多くの知識と大勢の建築家の中から、小川氏に仕事をお願いしている。
「傑作でないと嫌です」という言葉と、数多くの要望を伝えることから仕事はスタートする。小川氏は建築家冥利につきるような状態の中で、
それらの要望を実現させるべく立ち向かい、端正なディテールや美しいマテリアルをもって要望にしっかりと答えている。
まずこの作品は、高齢者の夫婦が70歳以降の生活と仕事の場として都心に戸建て住宅を建て、
都心に住み続けるという今日的課題に真正面から取り組んでいることが大きな評価となっている。
1階は20,000冊にもおよぶ書庫と仕事場、2階は寝室と浴室、3階は音楽会のできるよう音響設計を行った大空間と
ダイニングキッチン、ロフトには外国からの友人を招くためのゲストルームというように、各階が明解に構成されている。
そして各室にはバリアフリーに対するさまざまな工夫が施されている。車椅子と介護者が乗れるエレベーター、使いやすい浴室、
ゲストルームを除くすべての室が車椅子で移動可能なように丁寧に計画されている。車椅子用の手洗いや、
寝室にファミリールームという茶の間のようなスペースを付属させるなど、将来は介護者の居住スペースとしても使えるように全体が綿密に考えられている。
次に都心に建つ住宅と思えないほど内部は美しい光が溢れ、通風などもよく考えられ、とても快適な住環境を実現している点である。青梅街道に面したビルの建ち並ぶ商業地域の中で、間口5m、4階分ほどの壁面が中央のガラス面によって分けられている。ガラスからは玄関に光が射し込み、ファサードでは上部の白いボリュームが浮いているように見える。7枚のコンクリート壁のスリットが開口部となって、内部に光と風を導くように計画されている。また、1階から屋上まで貫通するエレベーターシャフトの上部にはトップライトがあり、空からの光を2階まで届けている。外からみると閉鎖的な都市型住宅のように見えるが、四方が光で満ち満ちている空間がここにはあった。
アートと音楽を愛するクライアントのため、全体はギャラリーのようであり、2層分の吹き抜けは音楽ホールのようである。全体に住居を越えた空間性を備えていて、新しい時代の高齢者の住まいを見た思いが残った。
施主と建築家、そして施工者や家具職人や設備設計者など、さまざまなコラボレーションによってつくられた質の高い美しい建築であり、今年の新人賞として審査員からずば抜けて高い評価を得た作品である。
<M-HOUSE>
窪田勝文氏の「M-HOUSE」は岩国市の史跡、錦帯橋近くの川沿いに位置し、バックに緑の山が広がる風地地区に建っている。シンプルに納めた切妻本体にバスルームを含む棟が付帯している。外壁や金物はスマートに納められ、とくにサッシュ廻りの枠を見せない納まりや、雨樋を用いずに雨垂れのない屋根を実現するなど各所が美しく納められている。内部は額縁まで一体に白く塗りつぶし、巾木を目地納まりにするなど、白い空間を美しく立ち上げる工夫をしている。また、外壁のガリバリウム鋼板に出る熱を壁面の通気層により屋根裏へ集めて通気口から放出されるように計画されていたり、リビングの手摺に間接照明を埋め込み、自然光だけでなく、建築化した照明を美しく表現し、設備も丁寧に計画されている。2階のメインの空間は、窓側にキッチンテーブル、中心にAV機器の収納家具とダイニングテーブルと高さの異なる台をスマートに納め、空間は非常によいプロポーションの広がりをつくっている。徹底的にディテールにこだわってつくることで、全体として白い空間を抽象的に美しく扱っている。
<宇都宮アパートメント>
設計に充分な時間をかけたということで、個々の住戸に対して色彩や設備や家具などで生活のイメージをかたちづくり、多様な個性を持つ人たちの生活が外部にも滲みでていくように計画されている。そのつくり方は外観の表現にもつながっていて集合住宅全体に活力を与えている。RCの壁式ラーメン構造で、1mの柱と梁でラーメンが組まれてスペースを確保しながら壁を立ち上げているため、ファサードはプランニングを反映したあみだ状の柱梁とその間に開けられたL型の窓の特徴的な外観をつくっている。賃貸住戸は寝室とリビングが吹き抜けを介してつながったメゾネット型で、天井高も低いところは1.95mから2層の4.9mまで変化し、大階段や飾り棚などさまざまな楽しいイメージを盛り込んでユニークなものになっている。
<Re-Tem Tokyo Factory>
Re-Temのリサイクルの説明を十分にうかがっているうち、私たちが使い捨てているOA機器やコピー機など、先端の機材がすぐ古くなってしまっている社会の状態を見て驚きを感じた。建物は私のような来訪者にこの現状を見せる見学コースが設けられて、リサイクル処理の流れを見て取れるように計画されている。外部にオブジェのように並べられた解体のための機械や、道路からも工場全体が見渡せるように入口に大きなピロティーを設けるなど、開かれたリサイクル施設となっている。地盤が軟弱ということで、大屋根ゾーンの構造はスレンダーな鉄骨ブレースで大空間をつくり、美しいフレームが立ち上がっている。
1階は重機がぶつかることからRCとし、2階は事務所や分解作業が多いため、温室サッシュを用いたダブルスキンとして良好な環境を与えている。温室の軽やかさが資料からは新しい建築のように見えていた。しかしその普通のディテールを見て、これを新しい建築として評価できるかは疑問であった。
<南方熊楠顕彰館>
地元紀州産の木材を生かした丸太の列柱の並ぶ木造建築である。とくに透光過性を持った耐力壁の貫格子は特徴的である。また、山々の天井面に軽快さを表現するテンションロットによる張力複合構造は、このテンションロットの接合部分のディテールが美しく、吹き上げに抵抗できる屋根の表現となっている。
しかし、構造の力強さに比べて全体の展示など博物館としての訪問者への南方のインフォメーションや、訪問者をリラックスさせる空間性に乏しく、建物の構成材ばかりが表現として強いことに疑問をもった。この力強い構造体に負けないソフトづくりが今後積極的に行われ、建築だけでなく南方熊楠館のイメージを盛り上げられることを期待したい。
講評:
竹原義二
M・HOUSE
この住宅は錦帯橋に近く、川沿いに山が迫り、環境が良好な場所にある。
敷地は旗竿で玄関へのアプローチとなる竿の幅が広いため、アプローチとしては緊張感をなくしている点が気になった。
玄関を入ると、一枚の自立した壁が、2階へと続く吹き抜け空間へ視線を導いてくれる。壁の存在は、人の動きを立ち止まらせながらパブリックな空間につながっていく。階段の位置とつくり方は大変興味深く、構架材を省いた家型の空間に緊張感を与えている点は高く評価したい。この住宅は形がシンプルで、白で統一された一室空間は時間が経過する中で、どのように変化していくのであろうか。時間とともにそこに住む家族の形態も住まい方も変わる。時間の変化をどのようにいかしていくのかが住宅にとって重要なことなのではないか、と感じた。
南方熊楠顕彰館
南方熊楠顕彰館は、コンペでの優秀案が実施された建物である。田辺市を拠点にして、熊野をはじめとする当地方の森林を主な研究フィールドとした南方熊楠の収蔵庫と展示室と学習室が、生家との北東側に庭をはさんで配置されていた。
生家は保存修復された木造2階建ての建物で、本建物へのズレやスキマがお互いの距離感を生み出し、新旧が庭を緩衝帯としてうまく配置され、内部空間が見えかくれしている点は高く評価したい。本建物の構造は木造架構の新技術が使われている。格子状木造耐力壁とした貫壁工法である。貫材のめり込み抵抗を利用した工法で、300mmピッチで組まれた格子上の壁は美しい壁を構成していた。しかし、屋根を支えるスチール製のテンション材が、少し空間の連続感を消しているようにみられた点は残念であった。それは高さの異なる4つの連続する切妻屋根の勾配のゆるさから、空間に緊張感をなくしているように思われた。今後の作品に期待したい。
講評:
渡辺真理
うつのみやアパートメント
賃貸と分譲という集合住宅の区分法には、しばらく前に「デザイナーズ・マンション」という第3の区分がもたらされたのは周知の通りである。名称の良し悪しはともかくとしてこの第3の区分は住まいの選択肢として広く受け入れられたが、あくまでシングルや若いカップルが対象で大都市圏内でしか成立しないという特徴があったから、こういった住まいが成立することが東京圏を逆に認識させることにもなる。個人オーナーが自己居住しながら経営していること、オーナー邸以外の賃貸戸数が小規模であることもこのタイプの特徴だが、この「うつのみやアパートメント」では約40平米のすべての賃貸住戸(8戸)に建築計画的な工夫がなされているし、それがリズム感のある、変化に富んだ開口部の連続として、建物外観に表出されている。インナー・バルコニーと大きなデッキが組み合わされた中庭側の立面が、とくに成功していて、建築家と構造設計との優れた協働となっている。
リーテム東京工場
リサイクルという概念は、現代ではすでに社会に広く認知されているが、個々の事物がどのように再生されているのかは意外と知られていない。リーテム東京工場で、事務機器や銀行のキャッシュ・ディスペンサーなどが整然とパーツに区分され、解体あるいは再生されているのを見ると、その手際のよさに感銘を受ける(ちなみにパチンコ台はほとんど再生され、再利用されているそうである)。この工場の特徴は、そういった最先端の再生工場であると同時に、見学者にリサイクル行為を理解してもらうための場所にもなっているところにある。周囲の建物が無個性で、典型的な箱型工場建築ばかりの中では、温室サッシの内側に室内仕上げの下地を露出した建物立面やブレース状の交差柱が独特の軽快な印象をもたらす破砕物置場のもたらすイメージは際立っているし、『リサイクルはカッコいいものだ』という主張がよく現れている。