2000年度JIA新人賞

審査員:阿部勤/大野秀敏/片山和俊 (50音順)

[ 講評 ]


選考作品

光の森(梅津邸)
椎名英三
椎名英三

光の森(梅津邸)
光の森(梅津邸)
 現代社会は科学技術の加速度的進歩が常態となる事で、スピードを増して変転し続けており、私達は常に自分がその流れから取り残されるかも知れないという不安と焦燥を日常化せざるを得なくなってしまった。これは自身が作りだした人工的環境(制度・情報・物・建築・都市……)と自分とを同一化できないことによる、人間の自己疎外である。
  ルイス・マンフォードは、自然の中で過ごすということは、外側の自然と我々の最奥の自分の両方が、直ちに一つであることを感じ、「やっと自分に帰った」という、過ぎゆく瞬間に歓びを持てる時であり、生命はひとときに集中し完成に達する、と述べている。建築がもし、そのような感覚を携えることが出来るとしたら、それを私は「自然の感覚」と呼んでいるのだが、建築は人々に真の慰安と癒しを与えることが出来るのではないだろうか。それは社会という人間がつくりだした移ろいゆく世界の中に建築を位置づけることではなく、大いなる宇宙のシステムである自然と連続するような建築に至って、初めて可能となるだろう。建築は利便性や実用性などを追求した生活の為の手段であるのみでなく、より深く人間の生の全体に関わって存在する目的的なるものであり、その建築の空間性を通して、自身のアイデンティティーを確かめられ、人々に生きる確信を与えることが出来るようなものでありたいと私は思う。「光の森」のクライアントが求めていたものも、そのような建築であった。
 以上のような考え方を携えてここで採られた方法は、主として、屋外での生活を日常化すること、そして内部空間に天空からの光を大々的に導入することという二つの方法であった。それらは、外部空間の内部空間化、内部空間の外部空間化と言い替えられるかもしれない。屋外での生活は、本当に気持ち良いものである。太陽や月や星や青空や雲や風や緑や鳥を友として、150億光年という神秘的な天井高を感じ取ることが出来るこの空間を、私は「アウタールーム」と名付けた。一方、個室及び納戸以外の全ての部屋は葦簀を中心として種類の違うトップライトで構成され、様々なる光の質を楽しむことが出来る。それらの空間は太陽光の支配するところとなって、人為を越えた天気(天の気持ち)が空間に反映し、その変化は生活に彩りを添え、太陽の素晴らしさを感じ取ることが出来ることだろう。
 この家の家族はギャラリストである共働きの夫婦と小さな子供二人であり、昼間は子供たちは学校もしくは祖父母のところに預けられ、夕方に母親が子供たちを連れて帰宅し、父親は夜帰るというのが現在の生活パターンであって、典型的な核家族である。天気さえ良ければ、春夏秋冬、アウタールームが生活の中心となり、子供たちは遊び回り、食事やお茶や酒や団欒や読書や微睡等、家族の皆が楽しんでいる。又そこでは、時々パーティーが開かれたり、ギャラリーとして使われたりもする。
 光の森のような空間は昔からあったようであり、これからもあり続けるような空間であるが、今迄あまり無かった始源的な空間ではないだろうかと私は思う。

椎名英三(しいな えいぞう)
1945年 東京に生まれる
1967年 日本大学理工学部建築学科卒業
1968年 宮脇檀建築研究室入所
1976年 椎名英三建築設計事務所を設立
現在 日本大学理工学部建築学科講師