太田市総合ふれあいセンター
設計要旨:今村雅樹
開放される地域施設
今、住民のための地域施設が様変わりをしようとしている。戦後の公民館から始まって70年代のコミュニティセンター等、アメリカ文化の影響を色濃く受けながら育ってきた地域施設は、次のフェイズへの変様をせまられている。この「太田市総合ふれあいセンター」では、9時〜5時のお堅い役所的な公共施設から離脱し、住民のライフスタイルに沿った楽しさと新しいプログラムによる開放型の空間を創造するため、新しい提案の理解と再構築を利用する人々と共に考えながら設計を進めるという手法をとった。
当初、1万人強のエリアを対象にしたこの施設で、150台分もの駐車場を持たなければ利用条件として成立しない−というこの地方都市の状況は、車社会と老人大国化した日本の典型的な現代特性そのものであり、動線計画の大きな要素となっている。計画の中では、敷地内が自由に開放され、建築の腹の下を車やバスが通り抜け、施設内もウィンドウショッピングよろしく都市の中をトラベリングするように、自由な楽しい回遊性空間を中心にした動線計画となっている。
建築の平面外形には、この地域に存在する「塚回り古墳(ホタテ貝式古墳)」のフォルムがメタファーとして落とされている。しかし、その円形の平面に現れがちな空間の中心性とヒエラルキーはあえて除去され、平等な市民生活の空間の表現として、機能的に均一化されるように空間構成されている。また、ムラ社会になりがちな地域を開くために、一人で来ても利用できる空間とプログラムが用意された。
巨大なカラオケルームになりがちな大広間は、本来の大座敷としての憩いの場として開放され、そのかわり音楽専用の部屋が準備され、新しいサークルを生みだす空間となっている。数ある部屋のほとんどはパブリックラウンジや回遊式の廊下等からシースルーの壁や窓を通して中の様子をうかがうことが可能で、吹き抜けに面した諸室にはアミューズメント性の高い部屋が配され都市的な活気を持ち込んでいる。このことは、コミュニティとしてのサークル活動や行為を「見る/見られる」というコミュニケーションの関係にセットし直し、新旧住民のインタラクティブな場となるように空間化することを意図している。また内部空間と外部空間は随所で繋がり、ランドスケープとインテリアデザインの関係を一つの風景(シーン)の中のエレメントとして等価な位置づけとなって扱っている。
構造的には、円形平面は10メートルのグリッドスパンとコアで計画され、均一にまわり込む光が作り出されるように、トップライトによりパンチングされたフラットボイドスラブの断面と、自由に切り取られた立面の外皮とにより構成されシンプルなデザインとなっている。
今村雅樹(いまむら まさき)
1953 長崎市生まれ
1979 日本大学大学院理工学研究科建築学専攻博士課程前期修了
1992 今村雅樹アーキテクツ設立
現在 日本大学理工学部建築学科非常勤講師 |