審査員講評


相田武文(審査委員長)
 
 応募総数200弱作品の中から5作品を選定し、現地を見学し審査を行った。5作品は以下のとおりである。
 1.鋸南町都市交流施設・道の駅保田小学校 2.超混在都市単位「HYPERMIX」 3.NICCA INNOVATION CENTER 4.工場に家 5.新発田市庁舎
 これらの作品は、それぞれ建築タイプの異なるものであり、設計者がその特質を創造しようという試みが読みとれ、賞の審査に相応しい作品であったといえよう。
 「道の駅保田小学校」は、近年各地域で試みられている学校の再利用案である。町長はじめ関係者による町おこしの一貫として建設されたこの施設は、きめこまやかな配慮が各所にみられ、その成果もあってか賑わいが感じとれた。なかでも設計者が意図した「まちの縁側」と称する空間が特徴的である。既存の小学校の前面に新しいファサードを造り、「道の駅」らしい雰囲気を演出している。爽やかな印象が脳裏に残った。
 「HYPERMIX」は、一見すると町中にある通常のオフィスビルのように見える。しかし、設計者の設計意図を見聴きすると、そこには新しいビルディング・タイプを志向する情熱が感じとれる。新しい形式、つまり混在モデルの空間を提供することによって、長期にわたる建物の維持や地域社会での役割において建築の在り方を問うという試みである。具体的には中間免震層の採用やローコスト化など維持可能な建築への試みがなされているが、建築空間そのもののテイストに関しては評価が分かれると思われる。
 「NICCA INNOVATION CENTER」は、一言でいえば優等生的な作品である。以前に見学した同じ設計者による作品「ROKI」を思い浮かべながらこの作品を見学した。両施設とも研究開発施設に相応しい新しい空間構成を提案したものとして評価に値するものといえよう。「NICCA」は、前作をふまえ建築の質を高めた部分もみられるが、前作の方が刺激的であり感動を覚えたように思う。
 「工場に家」については、一歩足を踏み入れた時、工場の残骸の中に住宅があるという摩訶不思議な錯覚に陥った。子供たちがハシャギながら動き回っている住宅。工場の中に挿入されたこの住宅、その工場との隙間、中間領域は子供たちにとっても魅力ある空間となっている。そして、工場の土間は遊びの延長としても機能しているようだ。焼け跡や震災の後に感ずる哀愁にも似た音色といい知れぬ建築への希望がわいてくる作品である。
 「新発田市庁舎」の空間の特性をひとつあげれば、街の通りとの一体化を試みた「札の辻広場」と称する大空間であろう。この大空間は、雪国ということを考慮し、温水床暖房と半透明の大型シャッターが設けられており、冬期においても快適で明るい空間をめざしたものと思われる。しかしながら実際に見学し、使用していない日時であったのだが、この主なる空間が些かさびしい。このような大きな規模の市庁舎設計においてデザインのバランスをとることはむつかしいことだが、デザインの質が極めて高いところがある一方で、眼が届いていないと思われるところがあり残念な思いがする。
 さて、大賞にあたっての選考だが、公開審査の時点で2作品「NICCA 」と「工場に家」が選考の結果あげられた。これらの作品は、ビルディング・タイプがまったくといってもよいほど異なるので、各審査員も選考に苦慮したと推測される。議論の末、投票の結果、大賞は「NICCA」になった。この作品は、建築のあるべき姿としての質をもっているし、今後の新しい建築への道を示唆したものとして評価に値するものと考える。
 一方、「工場に家」は小さい作品ながら大きな作品と対等に戦ったと思いたい。この作品が最後まで選考に残ったことは、今後、若い建築家への刺激になるかもしれないし、これからの作品に期待したい。
 実際に見学した結果、両作品に共通していえることは、施主の信頼があってこのような作品ができた、ということが伝わってくるのである。
 この3年間審査員を務めさせていただき、書類審査を含めて約600点の作品を眼にした。率直に思うことは、刺激的で創造性のある作品が少なかったことである。このことは必ずしも建築家に問題があるとは思えない。我が国をとりまく暗雲のごとく覆いかぶさる退行現象がおおきく影響しているのだろう。デジタル化、人口減少、国際情勢などを考えれば、いままさに時代の転換点にきているのだろう。元号も新しくなった。この時こそ建築家が創造性を発揮する機会だととらえたい。
 審査員として、実際に設計者の話を聴き、施主の態度に触れながら見学をしてみると勉強になることが多々あり、この紙面をかりて感謝したいと思う。
   
淺石優
 
 今年度の応募作品が200を下回り現地審査対象作品も5作品と少なく、量的には低調であったが、興味深い内容であった。公共建築では当たり前のことになりつつあるが、三十数年間変わらない「工場のある風景」をそのままにつくられた新しい住宅や、一階廻りをオープンにした研究所など、公共の概念が芽生えていることである。これらはクライアントが意識しない限り実現しないことであり、こういった良きクライアントと建築家の協働によってより良い環境をつくっていくことができるのだと思う。
 鋸南町都市交流施設・道の駅保田小学校
 小学校をベースにしたリノベーション建築である。体育館はポリカーボネイト板を透過した柔らかい光に満ちた道の駅に、校舎は教室の空間単位にあった複数人が宿泊可能な宿泊室を持つホテルとレストランに生まれ変わり、ホテルとレストランの前面には二層の半外部パブリック空間をつくられ、それらが廻廊で繋いで全体をまとめている。著名な建築家が複数参画しているので新しい世界を期待していたのだけれど、道の駅保田小学校とあるように小学校のイメージを残した複合建築であった。
 超混在都市単位「HYPERMIX」
 HYPERMIXはレンタルオフィス、多目的スペース、スポーツジム、オフィス・シェアハウスそして集合住宅が混在・積層した複合都市建築である。門前仲町というよりは、代官山や青山辺りに合いそうな一階回りのしつらえである。「フロアミックス」・「タイムシェア」ということでつくられた3階から6階のシェアハウスとオフィスが混在するフロアには大きな共用リビング・ダイニングスペースがある。昼は仕事場、夜は憩いの場といった具合に、時間帯によって空間の性格が自由に変化する、多様な価値観・自由で様々なライフスタイルの混在した都市生活者にふさわしい魅力的な場所になっている。
 新発田市庁舎
 駅から歩いていくと、通りに面して黒いシックな外装の市庁舎の建物がある。低層部をふたつのヴォリュームに分節し、その上にガラスボックス(曇り空に溶け込むようにプリントされている)を載せたことで、スケール感がいい塩梅の街並みに溶け込んだ市庁舎である。外側から見える吊構造のフレームをみて、遠景、中景、近景のディテールの話を思い出した。この庁舎には、富山市のグランドプラザのような屋根付広場が付属しているが、コストバランスが悪かったのか、庁舎部分に比べてデザインレベルに落差があるのだ。市庁舎は用がなくても行きたくなるような場所でありたいと思っているので行ってみ少しがっかりした。
 工場に家
 「両親と離れて暮らしていた息子夫婦が、両親の近くで子育てをしたい」ということで、実家に隣接した工場に家型のヴォリュームを入れ子状にしたユニークな住宅である。父親の工場には、走行クレーンや溶接機に様々な工具。魚取用のボートなども保管された仕事場であり趣味の場所でもある。この工場に挿入する家型の空間、挿入することで発生した内部でも外部でもないような隙間の空間、おじいちゃんのモノたちが残置された工場スケールの空間、これらの空間の繋がりや関係の在り方がおもしろい住宅であり、そこでの子供たちの楽しそうな活動がイメージされる。子供にとって恰好のあそび場になると共に豊かな感性を育む場所にもなると思う。  一方、工場が生きてきた35年、「工場に家」で30年、その後の30年は工場がなくなり、ただの住宅になるという時系列上の話には合点がいかなかった。
 NICCA INNOVATION CENTER
 1階から4階に続く「大通り」沿いには、実験室とさまざまな活動が可能な「コモン」が配され、「ミュージアム」のようにすべての空間を重層的に体験することができるようなダイナミックな空間がつくられている。これまでは閉じていた実験室は、ガラス張りになっているので「コモン」との繋がりがとても良く、「コモン」は「ひと、自然環境、アクティビティ、道具」が常に変化していく一階から4階まで緩やかにつながった空間なのである。ガラス張りの実験室の外部にはダクトや配管スペースがあり、アルムルーバーで覆われている。ルーバー立面を階ごとに分節することで、この企業にふさわしい個性的なファサードをつくると同時に、周囲の街並みに合わせた建物のスケールダウンに成功している。一階廻りはいつでも、だれでも、自由に出入りできるように管理をゆるくし、カフェ・レストラン・ヘアサロンなどを地域に開放するだけで、ショウルームから生きいきとしたオープンスペースに変身できると思うのだが如何だろうか。
   
木下庸子
 
 「創造する」ことは「新しいものをつくり出すこと」という、かつては誰もが共有していた建築家としての主たる職能は、現代社会によって拡大されつつあることを肌で感じた審査であった。応募総数195点は当然敷地も規模も設計条件も異なっているが、多くに共通していたことはそれらが現代社会においてこれからの建築のあり方や建築家としての姿勢を、自らの作品を通して提案していたということである。言い換えると、現代における建築家の職能の広がりと、その状況下で建築家としてどうあるべきかという問答を存分に感じさせられた審査であった。
 現地審査の対象となった5作品に絞って振り返ると、〈鋸南町都市交流施設・道の駅保田小学校〉と〈工場に家〉の2作品は改修計画であり、わが国の高度成長期にひたすら造られ続けた建築ストックをスクラップせずにどう将来に活かすかという課題に応えた提案である。また、〈超混在都市単位「HYPERMIX」〉と〈NICCA INOVATION CENTER〉の2作品は、目まぐるしく変化し続ける現代社会のなかで建築が新しい社会のニーズにどう応えるかを、建築のプログラムの根本から問い直した提案であった。市庁舎の1作品は、公共建築の在り方と設計の進め方に対して利用者の意見を大切にした設計プロセスと提案であった。尚、〈鋸南町都市交流施設・道の駅保田小学校〉に関しては、私の事務所が設計共同企業体の構成員であったため、募集要項の規定に基づき投票には不参加で審査は進行された。
 公開審査の対象となった〈工場に家〉と〈NICCA INOVATION CENTER〉は建築作品としては規模も与条件も正反対といっても過言でないものであり、その相違が評価の指標をどこに置くかという点で最終審査を困難なものとした。つまり指標の置き方次第では結果をも左右しかねないほど甲乙つけがたく、またセンシティブな審査となった。
 結果、〈工場に家〉が優秀建築賞に選定された。この作品は道路へのたたずまいは既存の工場の姿をそのものであり、現地を訪れても、ともすればその存在すら逃してしまいそうな建築であった。工場を残して入れ子形式で住宅が挿入されているのだが、改修工事においても申請を要しない10㎡以内の増築であるがため、外観は許容範囲の増築部とその取り合い部分を除き、かつての工場そのものの姿にほとんど手は加えられてない。とはいえ、屋根やファサードの一部をポリカーボネート折版仕上げに替えており、内在する住宅本体周辺の工場内部には自然光が降り注ぎ、設計者の言葉どおり「屋根のある外空間」となっている。いわば、住宅本体と外部空間の間の中間領域という位置づけである。「屋根のある外空間」はまた住宅と外部の緩衝ゾーンになることで温熱環境的にも有効に機能している。記憶を残すというよりは記憶を上書きするようなかたちで、「あるものを残して生かしていく」という設計者のスタンスはミニマムな設計操作と、それを快適な生活空間として実現するために盛り込まれた様々な工夫や知恵により居住環境、温熱環境ともにマキシマムな効果を生み出しており、同じ設計に携わるものとしては多いに刺激となった。
 日本建築大賞には〈NICCA INOVATION CENTER〉が選定された。「働き方改革」を提唱する現代社会では今後ますます働く環境の改善と整備が求められるであろう。〈NICCA INOVATION CENTER〉はそのようなニーズに応えるべく、「実験」という非常に個人的で知的な活動に携わる研究者たちに、空間的に開放された執務環境を提供することにより健全な精神をもって労働に従事できるような快適で素晴らしい空間を実現している。温熱環境と空調システムにおいては、日照時間の短い立地のなかで太陽光を取り込みつつも日射負荷軽減のために井戸水を用いて、設計者のいう「光を冷やす」仕組みにチャレンジしている。吹き抜けを縦方向に貫くマッシブなコンクリート壁や自然光を取り入れるために設けられた天井スリットを構成するコンクリートに、井戸水を通す冷却水配管が施されたクーリング・システムが実施されている。実は、設計者は同様のビルディングタイプで過去にも日本建築大賞を受賞しており、再選という点は審議の対象となった。しかしながら〈NICCA INOVATION CENTER〉では前回とは全く違った環境の立地において日照の少ない土地のデメリットを逆手に取ったデザイン思考と更なる進化を遂げたテクノロジーとの融合は、完成度の高い建築として日本建築大賞にふさわしいとの評を獲得した。
   
後藤治
 
 2017年度に続き、2018年度の優秀建築選、並びに、日本建築大賞、優秀建築賞(以下、建築選、大賞、優秀賞と略す)の審査を担当させていただいた。まずは、応募いただいた建築家の皆様、現地審査並びにJIA会館での公開審査におつきあいいただいた建築家の皆様、事務局の皆様に、御礼を申し上げたい。
 本審査の難しさは、2017年度の審査評でも記した通りで、本年度もその難しさは変わりなかった。2018年度は、100点の建築選のなかから、大賞並びに優秀賞の候補として5作品について現地審査を行ったが、ここではその5作品に対する審査講評を以下に述べさせていただきたい。いずれも劣らぬ力作で、優劣をつけるのは忍び難かったが、お役目ということでご勘弁願いたい。
 現地審査5作品のうち、2作品が大賞、優秀賞の候補に残り、それぞれが大賞、優秀賞となった。以上の過程において、設計した建築家の考え方や提案に対して、施主と利用者がそれをどれだけ理解し、それを自らのものとして建築を使いこなしているか、ということを重視して、私は審査に臨んだ。じつは2017年度もこの点を重視していたが、2018年度はそれ以上に重視した。
 私は、専門の立場上、建築の保存問題に関わることが多い。建築の保存の可否を決定する際に、大事な要因となるもののひとつが、建築がどれだけ愛着を持って使われていたのかという事柄である。作品としていくら優れていても、愛着を持って使われていなければ、残すことに賛同を得るのは難しい。この3月に解体が議会で決議された宮崎県都城市にある市民会館は、その典型的な事例だった。それゆえ、新しくつくられたばかりの建築に対しても、どうしても施主と利用者の理解や行動を重視したくなるのである。
 その点で、大賞を受賞した「ニッカイノベーションセンター(以下NICと略す)」と優秀賞を受賞した「工場に家」は、他の3作品よりも一日の長があった。大賞のNICは、建築家の意欲的な作品を受け入れた施主の度量に加え、研究所で働く多くの人々が建築家の提案を受け入れた使い方を各所で実現していた。優秀賞の工場に家は、工場と家の間にできた中間領域を、住まい手である子供が遊び場として使いこなしており、建築家の設計意図が見事に実現していた。
 この点において、選にもれた作品についても少し触れておこう。
 「鋸南町の道の駅」は、廃校になった小学校を道の駅にコンバージョンした建物で、施主の理解や利用状況という点では十分に及第点の作品であった。けれども、建築全体にかけたコストの限界からと思われるが、建築家の提案がやや限定的な部分にとどまっており、かつ、管理者の利用方法も型通りで、愛着を持って建築家の提案を使いこなしているかという点では少し物足りなさを感じた。
 「HYPERMIX」は、住居・店舗・オフィスの複合ビルで、建築家の提案を施主が理解し使いこなすという点では全く問題なかった。けれどもこちらも、建築への愛着という点で物足りなさを感じた。これは、プロジェクトの性格がコストプランニングに主眼においていることと関係するものと考えられる。したがって、愛着を持ち出すことは筋違いとの批判も受けそうだが、ローコストで作られた建築でも愛着を持って使われているものもあるので、あえて厳しい見方をした。
 「新発田市役所庁舎」は、通りに開かれた庁舎を目指した建物で、使用している市民グループの愛着と熱意は相当なものだと感心した。その一方で、施主である市役所側が、1階の吹き抜け部分や議会の議場部分等に関する建築家の提案に対して、十分には使いこなせていないと感じた。
 なお、審査結果とは関係ないが、HYPERMIXと新発田市役所庁舎では、ともに中間階免振を採用しており、その部分でスパンの長さをかえることなどによって、建築の難しいプログラムへの対応の解決に結び付いていた。それゆえ、中規模建築における中間階免振の今後の可能性を感じることができたことを付言しておきたい。
 最後に、大賞と優秀賞の結果についても、触れておきたい。大賞と優秀賞については、NICの方が建物の規模が大きい分、建築家が提案をしている箇所が随所にあり、作品としての完成度が高く感じられたという点と、工場に家は将来の発展、展開、成長の可能性が溢れているのにも関わらず、その点を当日のプレゼンで限定的にしか触れていなかった(持ち時間の関係で難しいことだったかもしれないが)点で、両者の差が生じたのではないかと思った次第である。
   
橋本純
 
 このたび、本賞の審査員を拝任した。
 本賞は、全応募作品の中から100選を選定し、さらにそこから数点を選び出して現地審査を行い、大賞を決定するものである。しかし最初の100選の選定段階から、大規模な再開発と住宅のリノベーションをどのような同じ物差しで評価すべきかということに難しさを感じた。私は、審査員のひとりとして、そうした状況の中で自らの審査基準を明確にして審査に臨むべきだと考えた。
 そこで、そもそも本賞は日本建築家協会が出す賞であるから、建築そのものの善し悪しではなく、建築家がその建築に対してどのような思想を持って取り組んだ結果であるのかを判断の主軸に据えることにした。
 公開2次審査の場でも述べたことなので、以下にそれを記す。
 1.その建築家が考えた建築は、いかに民主主義国家の建築たり得ているか。
 2.その建築家が考えた建築は、いかに長い視点で考えられたものであるか。
 3.その建築家が考えた建築は、いかに現代社会を咀嚼したものであるか。
 4.その建築家は、その建築のもっとも重要な場所に、最もよい空間を与えているか。
 5.その建築家は、その建築が良好に運営されていくために有効な仕組みについても考えているか。
 の5つである。
 今回、現地審査に訪れたのは5作品、いずれも上記の視点から見てよく考えられた力作であった。議論の結果、「工場に家」と「 NICCA INNOVATION CENTER」の建築家に公開審査の場でプレゼンをしてもらい、質疑応答を経て大賞に決定することにした。前述のとおり、とりわけ大きく方向の異なった2作品となったが、どちらも今日的な建築であることに変わりはない。
 「工場に家」は、愛知県北部の田畑と住宅が混在する地域に建つ。施主は両親との近居を選択し、母屋をL字型に囲むように建つ父親の仕事場だった工場を、当初は壊して新築しようと考えたが、やがて父親の思い出の詰まった場所を壊すことに抵抗を感じるようになり、工場をリノベーションして暮らす方向で設計を依頼している。
 建築家は工場の中に木造でハウス・イン・ハウスのようなかたちの住宅を設計した。そして、木造の内部、木造の外部ではあるが工場の内部、外部の3つのゾーンをつくり出し、中間領域をさまざまなバッファーとして活用している。構造上はそれぞれ独立しているので、将来、工場部分の老朽化が進んだ際は外側を解体して木造住宅だけを残すことも可能である。
 工場から住宅への用途変更、増築部が10㎡未満で、確認申請不要物件とのことだが、外側の工場を撤去したときは法的な根拠のない木造住宅が誕生することになる。図らずも現実と法のギャップさえ浮き彫りにしている。
 しかし、都市の外縁部で零細な工場を営んできた世代がリタイアをする際に、家族がその記憶を継承しながら仕事場を住宅にコンバージョンし、過ごしてきた時間と共に新しい生活を始めるということは、十分にあり得ることである。
 こうした場所で人々がこれからどのように暮らしていくことになるのか、社会環境や都市環境の遷移など不確定な要素は多いものの、その将来に対してさまざまな可能性を示唆したプロジェクトである。最終的には施主の判断に委ねられることになるが、より積極的に生きるための判断を促すためには、建築家側が施主の意識の拡張を促すようなメニューをもっと提示をしてもよいと考える。それをプレゼンで聞いてみたかった。
 「NICCA INNOVATION CENTER」は、福井県福井市に本社を構える日華化学の研究所である。地上4階建てで、研究所の設計では一般的となった創発によるイノベーションを空間が誘発させる構成が特徴となる。すなわち、動線上にコモンスペースを設けて研究者たちの交流を促す構成である。
 バッファースペースを有効に使った温熱環境への配慮や光の扱いなど、とても快適な執務空間に仕上がっている。
 ただ、研究所という用途上、建築家が言うほど都市に開かれた施設にはなり得ないだろう。したがって現時点ではさほど開かれた建築ではないが、研究所のセキュリティや企業研究のあり方そのものがこの先どのようになっていくか想像がつかない今、1階を開放的につくり、中心にヴォイドを置いて上に向かって徐々に閉じた空間とするこの構成は、長い時間建ち続けなくてはいけない建築の構成として、機能を超えて評価することができた。
 どちらを大賞に選ぶべきか悩ましかったが、建築家がその建築の将来に対してどちらが積極的に提言できたかという点において、私の中ではようやく結論に至ることができた、というのが正直なところである。僅差であったと理解している。
 最後になるが、審査にご協力をいただいたすべての方々に感謝と敬意を表したい。