審査員講評


深尾精一(審査委員長)
 
 今回の日本建築大賞の審査を通じて、クライアントと建築家の間に深い信頼関係があることが、良い建築作品が生まれるための鍵であることを再認識した。日本建築家協会の作品賞であるから、これは最も重要なことであるのかもしれない。クライアントの満足度を高めるということが、必ずしも優れた作品に結びつくわけではなく、設計過程で何が任せられ、何がクライアントとの協働の成果であるのかが重要である。そのことは、建築を単に見るだけでは判らなく、現地審査はその意味でも重要であった。
 大賞に選ばれた「ROKI Global Innovation Center -ROGIC -」は、敷地選定から設計の基本方針の策定を含め、設計者がクライアントに信頼されていたであろうことが伝わってくる作品である。特徴ある敷地に、創造性が求められる快適なオフィススペースと無窓の実験室という、企業のR&D施設に求められる二つの異なる条件の空間を見事に当てはめることにより、今までにない施設を、斬新な構造形式・構法・環境コントロール技術によって実現している。新しいワーキングスペースの提案も見事であり、JIA日本建築大賞に相応しい作品である。
 優秀建築賞に選ばれた「熊本県立熊本かがやきの森支援学校」は、重度重複障がいの子どもたちのための特別支援学校という、今までにないビルディングタイプの建築のあり方に、クライアントと共に真摯に向き合って設計された学校である。単に機能を満足させるだけでなく、建築の空間がもつ力を学びの場に活かしたいという思いが伝わる建築であった。 そのために平屋の木造によって構築されているのだが、近年の大規模木造のレベルからすれば、設計チームの木造に関する経験の少なさが少し目についたのが残念である。
 以上の他、現地審査対象となった4作品もそれぞれ力作であった。その中でも「On the water」は、BIM等を駆使した建築作品で、今後の建築の様々な可能性を示唆するものであった。
   
磯 達雄
 
 日本建築大賞に選定された「ROKI Global Innovation Center -ROGIC-」において、設計者は発注者企業の主力技術であるフィルターに着目し、「内外を分けるただ一枚のフィルターによって建築を作ることはできるだろうか?」、そんな原理的なテーマに取り組んだ。その意欲的な態度はぶれることなく貫かれ、完成した建物に高いレベルで反映されているように感じられた。シンプルな原理に導かれながらも、内部に生み出されている空間や環境は多様で、天井高、家具、照度、温度などを敢えて不均一としている。そして段状の吹き抜けを2重に設けることで全体を俯瞰できるようにし、居心地いい場所を個別に見つけ出して、使えるようにしている。そこで働く人たちがそれぞれに創造性を発揮できる新しいオフィス空間のあり方を建築で示した点を高く評価し、迷うことなく受賞作として推した。
 優秀建築賞が授けられた「熊本県立熊本かがやきの森支援学校」は、障害者福祉施設と学校という異なる種類の施設を複合した新しいビルディングタイプへ挑戦であった。クラスター型の教室棟群、廊下を挟んで反対側に位置する食堂兼用の多目的ルーム、地域開放にも配慮した正門脇の体育館など、平面の構成が巧みに考えられている。特に朝夕の自動車送迎を短時間に多くさばける幅広の昇降口には関心させられた。ただし教室棟の各クラスターが、小学部から高等部まで同じ大空間が採られている点は、今後のフレキシブリティ確保への配慮であることを理解しつつも、疑問が拭えなかった。
 他に現地審査を行った候補作の中では、「On the water」が優れていた。既存の保養所を個人の別荘に建て替えたものだが、建物を低く抑えることによって湖岸の自然地形を回復しており、周囲の景観にも良いインパクトを生み出している。別荘ながら公益性を持っているところからこれを推したが、立地の特殊性などが議論され、最終審査には残らなかった。
   
西沢立衛
 
 今年は、熊本県立熊本かがやきの森支援学校とROKI Global Innovation Centerの2作品を対象とした最終審査になりました。両者は甲乙つけがたく、厘差の勝負であったと感じます。まず熊本県立熊本かがやきの森支援学校は、平屋の構成、木造主体の構造体が好ましく、誰でもどこまででも移動できるバリアフリーの学校は、いろんな人が集うこの施設の特徴によく合ったものと感じました。全国的にあまり例のない施設とのことで、今後増えていくであろうこのタイプの施設の先例という大きな社会的使命があり、建築家の責任の大きさ、メッセージの大きさという意味でも、共感できる空間構成でした。他方で、外が遠いことは気になりました。情操教育も含めた多様で豊かな教育と学習を考えると、やはり日光に当たったり、風や湿度を感じたり、森林浴ができたりというふうに、内外にわたる場所作りということができるとなおよかったのではないか?車道に4周を囲まれた動線計画と、棟間の庭のさびしさは気になりました。また全体的に高さがありすぎて、床面がさびしく、裸足で地面に直接座ったり寝そべったりという視点というよりも靴で颯爽と走り歩く人間の目線で設計されているように感じました。
 ROKI Global Innovation Centerは、大きな透明屋根がもたらすインパクト、都会的で清潔な、まるでホテルラウンジのような執務空間などが印象的でした。雲が動き風が入ってくるその室内環境の変動は、素晴らしいものでした。他方で、建築が閉じていて、これほど天候に左右されるのに、外と切り離された閉鎖的な環境は気になりました。また、巨大なプラットフォームによる空間構成はダイナミックながら、人間の居場所づくり、コーナーづくりということからすると、大雑把に感じました。
 僕にとって今回は三年任期の最終年で、たいへん勉強になりました。この場をお借りしてあらためてお礼を申し上げます。
   
富永 讓
 
 応募のあった238作品のなかから、優秀建築選として100作品を選び、そのなかから賞の候補作品を8作品選定し、6作品について現地へ赴き、大賞、優秀建築賞が公開審査で決定されたが、100作品までは投票で比較的スムーズであったにせよ、これほど、規模も異なる多種多彩なプログラムのもとで設計された現代の建築を比較して、賞の対象となり得る数点を書類で選び出すことは何か私にとって困難を伴う、賭けに似た気持ちだった。目立たぬ佇まいのなかに強くキラリとエスプリを秘めた建築があって見落とされている恐れは常にある。結局、〈なにかがあるのではないか〉そんな深読みにも似た期待を書類が抱かせる6作品が現地審査に残った。しかし、大賞と優秀賞に選ばれた2作品は、当初の書類から、各審査委員が同じく、その建築の質を経験し当の場所に赴くことの必要性を、感じさせるものであったと思う。
 〈ROGIC〉
 自然と一体化し、ともに刻一刻変容する豊かな場所の創出という、困難でもあるテーマに勇気をもって取組み、清新で、しかも、何か懐かしい建築の可能性、それを堂々と実現した、大いなる志に素直に拍手を送りたい。内外の気候に対する環境的なチャレンジもあり、天井高を含めた床レベルの起伏の設定など、広大な自然のなかに人工の、それも普通の技術で実現された地形的環境は実際に経験すると、開放感があって強制されることのない晴れやかなものであった。
 〈熊本県立かがやきの森支援学校〉
 元自動車学校があったという1.4haの敷地一杯に県材の単材を使用して6000㎡の平屋の木造を堅牢に建ち上げている。計画的にも未知な部分を含む、大変重い課題に、誠実に取り組み、ユニットケアのタイプで、横になった姿勢で学習できる小上がりのある教室や引き戸によって教室の連結と分割が出来るなど、配慮のある愛情のこもったプランが実現している。現地では、私自身は周囲の造園に緑が少ないことと、廊下幅、天井高、部材などに親密なスケール感が乏しく大きすぎるようにも感じたのだが、それは実際の使用時、車椅子で、親の付き添いがあったり、1対1の看護であるという理由からかもしれない。
   
相田武文
 
 近年、五感をくすぐり刺激を与えてくれる建築が少なくなったように思う。これは建築家の発想や構想が衰えたというよりは、発注者側に問題があるように思う。
 そういった状況のなかで、もっとも刺激をえた作品は小堀哲夫設計の「ROKI」である。天候の変化によって半透明の天井には空模様が映しだされる。夏期における暑さ対策もされており、出来る限り自然換気を試みようという態度に設計者の強い意志を感じた。また、この空間で働いている人々の手あかの痕跡が、まったく見受けられないところにむしろ魅力を感じた。一望できるこのあっけらかんとした空間、一度はこういう空間のなかで働いてみたいという欲望にとらわれる人は少なくないと思う。こういう建築を造らせた発注者の意思を高く評価したいと思う。
  「かがやきの森」は重度の障害者を支えるという課題に対して的確に応えたと思う。組織事務所の総合力が発揮された作品といえよう。あえていえば、ヒューマンスケールを必要とする空間に対する架構方法がバランスを欠いているように感じた。
 私の好みからいえば、「On the water」「群峰の森」の2作品はその範疇に入るといってよい。前者はスパイラルに構成された空間の流動性に魅力を感じた。また、元の護岸を取り壊し自然の状態に戻したことによって湖水が身近になり、室内からの眺めを豊かにしている。後者は門型に構成された屋根の連続感が美しい。住宅の周辺には塀がなく、自然を再生したかのように樹木が植えられている。それは近隣に対しても良い配慮といえよう。
  「千葉商科大学」は屋根の構造に特徴があり、「ゆらぎ」に基づいているとのこと。私も以前「ゆらぎ」について発表したことがあり、この建築に近親感をもった。
 「池袋第一生命ビル」はグリッド状のファサードが美しいオフィスビルである。窓(開口部)の中間にスラブがあり、室内から外への視線に特徴をもたせている。