審査員講評


長谷川逸子(審査委員長)
 
 JIA日本建築大賞の審査は3回目で最後の審査でした。審査のメンバーが毎回変わる度、審査員それぞれの建築思考を聞くことになり、楽しかったです。毎年集まった沢山の作品を短時間に書類選定する作業は何々大変で重責です。このレベルの選考はインターネットで公開して会員から意見を聞くオープン化等も取り込んで時間を掛けて選ぶ手法が導入されてもよいと考えます。
 266作品から100点を選定の後、JIA賞候補を8点選び、見学会を行いました。実物見学は建築空間を体験出来るだけではなく、設計者の考え方が聞けて、この上なく有意義な時間をいただいていると感じます。見学した作品は青木淳さんの「杉並区大宮前体育館」は、周辺の環境を良く捉えながら青木さんの考えがふんだんに積込まれ力作でした。
 「Share金沢」は高齢者と身障者を中心に共生と就労をテーマにしたまちづくりで、ソフトプログラムが優れた仕事で、これからはこうした作品も賞に選ばれてよいのではないかと議論しました。
 「はくすい保育園」は斜面を利用し、内部は段々状の一体空間です。傾斜屋根を利用して雨水のシャワーをつくったり、環境づくりに力を入れていて、大空間の開放性が気持よく全員に良い評価を受けた作品でした。
 「桐朋大学調布キャンパス」はコンクリートの力強い意欲的な作品だが、空間の暗さやその様相に異論があり評価は分かれました。
 「竹林納骨堂」は寺の静かな佇まいの中にあって、シンプルで明解な計画。しかし資料でみた印象と実際のディテールにはギャップがありました。
 そして8作品の現場見学の終了後、5人の審査員で投票した末に「空の森クリニック」、「樹林の家」「大分県立美術館」が選ばれました。
 「大分県立美術館」が建築家坂茂さんの日本でのはじめての公共建築の仕事であることを知りました。資料を見た時点でファサードの折り戸全面開放、展示室の可動壁と可動ショーケース、あるいは地下駐車場など、国宝を収蔵する美術館と関わった事のある私には東京文化財研究所等の許可は得られたのだろうか、と懸念しながら見学に行きました。案内してもらって駐車場の天井をダブルスラブにする、外気状態をチェックし折戸開閉をコントロールするとか展示室への外気を制御するなどの技術と管理機能を導入して美術館としての性能レベルを確保している事を知りました。美術館の既成既念に挑戦し、市民的公共空間のための開放性や多目的利用をめざして、公共建築としての質をつくろうとしていることを改めて知りました。他の審査員もこうした積極性に共感してJIA大賞に選んだのだと考えています。
 優秀賞の「樹林の家」は海に面した土砂の流れやすい斜面に建つ住宅です。5本の鉄管杭を岩盤に打ち込み基礎梁を最小限に抑える方法で、RC基礎工事の仕事量に比べ大幅軽減され、力強くスッキリと建つ建築です。斜面からの雨水も海に流れる水道をつくって流すなど環境保全の点で斜面に適した構法の提案をしています。上部の住宅はどこにいても海と向かい合う居心地のいいスケールと素材で出来ていました。
 優秀賞の「空の森」の設計者はかつてユニークな幼稚園を提案したときの様に、企画から参加して最先端医療のクリニックの在り方を特殊解ではないものにしてゆきたいと取り組まれたそうです。沖縄は高温多湿で台風も多い地域ですが、この地の伝統建築から学んで丁寧につくられた木造平屋建築。雨端という縁側空間を導入し、中庭と周辺に積極的に緑を配置し、環境づくりを行っている。そのため全体がまるでリゾート施設のような雰囲気になっていました。この特殊なクリニックを一般解に向かせたいと積極的に取り組んでいる建築家の仕事でした。
 公開発表していただいた3点は規模も機能も異なるもので、評価は大変難しく、初め5人の審査票は割れてました。結果としてJIA賞は公共建築の「大分県立美術館」が選ばれました。3作品はそれぞれ未来に向かって建築の可能性を主張していて、まだ建築には社会を変えてゆく力があることを思わせる作品でした。将来に渡って時代の代表作としてますますゆたかなものとなり高い評価を受けて行くものと期待しています。
   
深尾精一
 
 今回の審査では、ビルディングタイプの異なる建築を相対評価することの難しさを改めて感じることとなった。特に公開審査に残った三つの作品は、典型的な公共建築、民間の特殊な医療施設、個人住宅であり、それらに優劣をつけることは不可能に近い。「JIA日本建築大賞」という言葉の響きから言えば、大規模公共建築が個人住宅より相応しいという気がしないでもないが、それも個人的な感覚である。住宅こそが建築の基本という考えもあるが、住宅のみを対象とする賞もあるということは、やはり別に評価した方が判りやすいということであろう。
 大賞に選ばれた大分県立美術館は、とかく箱物建築が批判に晒されることの多い時代にあって、地域に開かれた建築、周辺環境と一体となる建築を目指したことが、道路側のガラス壁を開放できるという大胆な手法によって達成されている。開館から現地審査段階までの間に、ほとんど開けられたことがないことから、批判的に見ることも可能であるが、公開審査における説明から、その懸念も払拭された。コンペによって選ばれた計画案が建築の可能性を広げていることを評価したい。南側の隣接建物から新たにデザインされた空中歩廊によってつながれたアプローチが、ホール空間を感じる上で魅力的な反面、一階のメインエントランスの構成にはもう一つ工夫が欲しいと感じた。
 樹林の家は、鋼管杭の上にやじろべいのように載る、一見アクロバットに見える構成の住宅であるが、自然のままの急な傾斜地という敷地条件から、様々な検討を経て導き出された、極めて説得力のある解である。その上にコンターに合わせて配置された住宅の各部分が、浮遊しているかのような感覚によって、その眺望の素晴らしさを倍加させている。そこでの施主の住まい方も相俟って、活きているかのような住宅である。住宅としては文句無く大賞であろう。
 空の森クリニックは、不妊治療のための施設という、類例を見たことがない建築であったが、そこで示された解は、類例があったとしても、全く新たにあるべき姿を施主とともに追求した建築であった。建築として素直に共感できる、地域性に富んだ造りであるが、求められる機能に対して、これで良いという確信がもてず、評価が難しい建築であった。
 現地審査の対象となった作品で、公開審査の対象とならなかったものにも、今回は力作が多かった。桐朋学園大学調布キャンパスは、組織事務所としての最新の設計技術を駆使し、練習室の集積という音楽大学特有のビルディングタイプに対し、新たな形態を提案している。二層の鉄筋コンクリート構造の間に鋼管柱による層を嵌め込むなど、構造計画としても意欲的であり、これまでに無い建築が実現していることは高く評価されて良いであろう。空間のつながりも変化に富んでいて、若者が集う場として魅力的である。一方で、外観も含めて、建築としての暖かさに欠けていることは否定できない。もっとも、恵まれていない敷地条件や、計画段階における紆余曲折を聞くと、たいへんな力作であると評価すべきであろう。
 はくすい保育園は、敷地の傾斜を活かした、若々しい建築である。間違いなく好感を持てる作品であり、建築家の今後に期待を持たせるものであった。
 シェアハウス金沢は、療養施設の跡地に公道を引き込み、福祉施設など様々な建築によって街並みを創り出した、新たな建築の方向を示す計画である。ただ、JIA日本建築大賞がどのようなジャンルのものを表彰することを狙っているのか、そしてこのような計画が対象として相応しいのか、審査員だけが判断すべきものではないであろう。今後の賞のあり方に関する議論に期待したい。
   
磯達雄
 
 本年度の日本建築大賞に選んだ「大分県立美術館」については、これまでにない美術館をつくろうとする真摯な態度をまず高く評価した。「開かれた美術館をつくる」というだけなら、狙いとしてそれほど新味はなく、すでに多くの建築家が取り組んでいる。この美術館の設計者が他と異なっていたのは、「開かれた美術館」というテーマを、レトリックではなく、文字通りのものとしてとらえ、徹底的に追求した点にある。もちろん、美術館を実際に開いていくには、乗り越えなくてはならない技術的な課題がいくつもある。設計者はこれまで建築の外皮を開閉可能にする技術に継続的に取り組んでおり、それを経験的な裏付けとして、今回の設計に活かしたといえる。実際、開館前のイベントでは、ファサードを全開して、美術館のアトリウムと前面道路の歩行者天国が一体になり、都市に文化的な祝祭空間を出現させている。現地審査で開館後はまだ一度もファサードの開放が実現していないことがわかり、この点は大きな懸念材料となったが、最終の公開審査で近々に開ける予定があると聞かされ、それで躊躇することなく大賞に決めることができた。
 もう一作品、強く推していたのが「空の森クリニック」だ。細かな単位に分かれた平屋の建物が深い軒と回廊で結ばれ、その間に小さな中庭が散らばっている。気泡がたくさん入った、まるで琉球石灰岩のような平面だ。冬でも温暖な沖縄の気候の恩恵を、いたるところで感じ取れる建物になっている。現地審査で訪れた時は、治療を受けに来た人が、建物内で思い思いに居心地のよい場所を見つけて、そこで時間を過ごしている様子に好印象をもった。意外だったのは立地で、アジアのリゾートホテルのような内観写真から、人里離れた山中にあると思い込んでいたが、実際は住宅や商店が交じり合う周辺市街地に建っている。環境に頼った建築ではなく、環境をデザインした建築である、という点も評価したポイントである。
 最終審査ではもう一作、「樹林の家」も候補となった。急斜面に建つ住宅からは、海を見晴らす素晴らしい眺望が得られる。5本の鋼管杭によって建物を浮かせた構造を採った理由は、現地を訪れると確かに納得できた。大雨で表層土が流出しても、下方の家屋に影響を与えないよう、流れを安全な方向にコントロールするような外構デザインも好ましい。ただ社会的な意義の大きさを考えると、他の候補には及ばないと判断した。なお、これは住宅を日本建築大賞の対象外にするという意味ではなく、今後、授賞の可能性は十分にあると付け加えておく。
 結果として最終審査には残らなかったが、審査の途中段階では「杉並区大宮前体育館」と「桐朋学園大学調布キャンパス」の2作を強く推した。前者は半地下化によって地上のボリュームを抑え、周囲の住宅地に馴染ませるようにした体育館で、外観からは予想できない巨大な壁が内部に現れるところが圧巻。後者はBIMを活用した明晰な設計手法を採りながらも、それによって迷宮性を備えた空間が立ち上がっている点が魅力だった。
   
西沢立衛
 
 今回は力作が揃い、難しい審査だった。現地審査対象8作品のうち「空の森」、「大分県立美術館」、「樹林の家」の3作品が最終選考会に残ったが、それ以外にも、いくつか注目される作品があった。
 「シェア金沢」は、障害者施設に加えて学生寮や高齢者住宅、銭湯、食堂などを一緒に作るという計画だ。建築単体だけでなく環境づくりを目指す姿勢に、共感を感じた。また、ただの箱物の計画ではなく、使われる風景やその後の展開まで考えた計画は、いろいろな意味で示唆的であった。計画全体に、これからの時代を感じさせる勢いがあり、共感した。
 「はくすい保育園」は、たぶん今回の8作品の中では最年少の設計者による作品と思われる。気になった点を挙げだしたら一つや二つではないが、建物全体が溌剌としていて、瑞々しく、訪れた審査員を元気づけたし、たぶん保育園の子供達や働く人々、運営者、皆が同じく感じているのではないだろうか。
 「竹林寺」は、山のお寺の古い境内の中に立つ建物で、その静けさ、穏やかさが、周りの景観によく調和していた。建築としての完成度は高く、派手な外観ではないが、真摯で誠実な魅力を感じた。シンプルな機能のわりには、建築構成の複雑さは、多少気になった。
 「桐朋学園調布キャンパス」は、難しい状況の中でそれを克服するために、驚くほどのエネルギーがかけられた、密度の高いプロジェクトであった。BIMを使った設計手法の建築で、それも応募作品群の中で異彩を放っていた。精密さという意味では、もしかしたら今回の全応募案の中で筆頭かもしれない。これからの時代、社会の行方を占う作品のひとつだと思われる。建築全体の暗さは、多少気になった。
 「杉並区立大宮前体育館」は、静閑な住宅地の中に、たいへん巨大な体育館関連施設が建つという、難しい課題にチャレンジしたプロジェクトだ。多くを地下に埋める手法が成功して、ともすれば街の迷惑施設になりかねない巨大さ、騒音、大量の訪問者数などの問題のどれもが、自然に解決されていた。
 「樹林の家」は、ほぼ崖地と呼べる急傾斜の緑地の只中に建つ、小さな個人住宅の計画である。斜面に打ち立てた鋼管杭がそのまま柱となって建築を空中で支える構造で、建築が斜面よりちょっと浮く全体構成は、説得力に富むものだった。建築はたんに空中に浮くのではなく、地形に沿ってゆっくり曲がっていて、まるで大きな動物が斜面に自分の居場所を求めるような、不思議なダイナミズム、大地との有機的調和があった。水害対策のランドスケープともども、人間と大地の戦いがダイレクトに建築化している。建築の小ささをものともしないスケールの大きさに、たいへん共感した。
 「大分県立美術館」は、非常に明快で、力強い公共建築だ。美術館としての使いづらさを感じたところはあったが、建築全体が放つ力強さと揺るぎなさ、明るさは、公共建築に相応しいものと感じた。ガラスが多用されているとか、白く塗られているといった明るさではなくて、作家の信念がそのまま空間に結実するパワーがあり、それがある種の輝きとなって、建築全体に力を与えていると感じた。
 「空の森」は、沖縄の雨風を感じられるような半屋外廊下を活用した、開放的な棟群が魅力的だった。また、コンクリート中心の沖縄の建築文化という難しい背景の中、完成度の高い木造建築に仕上がっていたのも注目された。最終審査の議論を通して、「大分県立美術館」が大賞となった。しかし三作品の差は僅差で、どれが大賞であっても僕としてはまったく異論がない。
   
富永譲
 
 応募作品260点の中から、100点を選定し、現地に赴いたのは8作品であった。痛切に感じるのは建築はその土地を訪れ、時間を使って体験しなければ、決して解らないという当り前の事実である。あわただしい書類審査で軽薄な態度で取り逃がした作品のスピリットを冒瀆した気分にも陥ってしまう。しかし訪れると、その体験は頼りになる。審査の共通の基盤も生まれ、妥当な感想も生まれてくる。経験することにより初めて〈見いだされるもの〉─つまり一番大切な部分である〈建築の人間に対する働き掛け方〉は、〈見せるもの〉としてつくられた写真や書類とは異なった次元にあるということだ。それぞれの作品が引き受ける〈建築課題(ビルディングタスク)〉は規模・用途・立地・コストもバラバラであったから、その〈働き掛け方〉を以下の3つの個人的な視点から審査することにした。
 1)背中を支え、生きる明るさを持っているか。技術がどのように行使されているか。行き過ぎた資本主義を加速するものになっていないか。つまりは人間の幸福に繋がっているのか。
 2)ひとつの建築の世界を見ることができるか。
 3)建築思考として一貫性を持っているか。ヒヤッとしない人間的な親密さ、感触を持っているか。
 大賞を受賞した〈大分県立美術館〉であるが、都市へ向かって開こうとした20世紀初頭の近代建築の明るいスピリットが、作品の端々に未だ息づいている。幾何学による単純で明快な層状の構成だが、訪れてみると前面道路を挟む、向かいの〈いいちこ文化センター〉の当たり前の近代建築の意匠とも呼応し、全体として気軽に訪れる街の文化施設ゾーンを創り上げることに成功している。駅への連絡歩道橋もデザインし、日本の都市を形成するだらしない近代建築的環境、その一帯をこの作品の明るいスピリットによって覚醒し、蘇らせたように感じる。
 〈空の森クリニック〉医療施設ではあるが、シビアな制度的なものに縛りつけられた一般の病院とは異なり、東南アジアのリゾートホテルを思わせる住まいとしての快適さを備えている。病院は心弱き患者の場であるだけに計画的側面だけではない治療環境の充実は、日本の病院の課題であろう。木造の回廊を持つ建築群は奇をてらうことなく堅実なディテールで美しい。庭造り、調度品やグラフィックや衣服に至るまで、統一したデザインが整然として快く、病院に居ることを忘れてリラックスしてしまう。これは看護スタッフが忙しく立ち振る舞う一般病院と異なる不妊治療の場で、特殊解であるともいえるが、病院事業者、企画者の当初の志の高さ、そして設計者との夢の共存が、いかに日本の病院を特殊でない生活の場として蘇させるものであるということを語っている。
 〈樹林の家〉正面の海の水平性に呼応するかのような一枚の床面に住まいの場は展開している。敷地は急峻な斜面地であるから、樹林と大地の間に浮いた床面の設定に工夫があり、鋼管杭を斜面の岩盤に打ち込み、H鋼の架構を基礎面としてヤジロベイの一本柱で支持している。全体の住まいの場の構想力に一貫したものが流れていて、内部に居ても快い。傾斜地の建設にも一般化しうる技術的ヒントを与えてくれる。海と空の刻々と変容する景観に向き合う舞台のように室内は創られている。つくりも素朴で見せ場をつくったところはないが、屈曲する平面は、違和感なくスッポリと自然の中に入り込み、住んでみたい気持ちを起こさせる住宅である。