数百万年前、初期の人類はサバンナの強い日射や猛獣から身を守るために、一日の大半を森で過ごしていた。森は命を守り、快適な環境を提供してくれる住まいであった。木を切るのではなく、木と木の隙間に居場所を発見すること。木漏れ日に包まれながら、木々と共に暮らすこと。僕はそこに、原初的でありながら、これからの理想の建築をみる。現代において、そんな建築は可能だろうか。それは建設行為そのものに対する、新しい問いかけとなるかもしれない。
都心の一等地に建つ、6戸の長屋による賃貸型集合住宅である。敷地の奥に、高さ15mを超える巨木が約40mの幅で群生していた。旗竿敷地であるため、通常の開発のように更地にして最大容積を追及する方法は難しい。そこで豊かな森の恵みを引受けながら、できるだけ広々と暮らせる空間を目指した。
施主も木が住まいの付加価値となるなら、多少の床面積の損は賃料で回収すればよいと同意してくれた。
まず敷地中央に根が伸びていそうな木を見定め、足元を掘る。遺跡の発掘のごとく、傷つけないよう慎重に作業。樹木医の指導のもとで根の位置を限定し、構造壁をギリギリの位置に設けた。どうしても根が当たる場所は地中梁の方を蛇行させ、枝が建物に当たる場合は壁に穴をあけた。次に直径15センチ以上の枝を独自に開発した測量方法で計測し、そのデータをコンピューター上で三次元化。木の生長や台風時の枝の挙動をシミュレーションして空隙を割り出し、そこに部屋をはね出した。その形は少々いびつになったが、自然の環境をあるがままに受け入れる、やさしい外観となった。樹木への局所的な対応で作られたという意味では、鳥の巣に似ているかもしれない。あるいは、庭師が木と対話しながら仕事をすることに似ている。どちらも、アトリエという外部で、更地という白紙に抽象的な図形をスケッチする設計とは対照的な行為である。
外装は外断熱の保護材として不燃木の竪羽目張り。それ以外の壁は内外共にコンクリート打ち放しに疎水材として、素材の自然な味が出るように配慮した。
内部では、RCの構造壁によってLDKや寝室を構成し、すべての部屋が森に接するよう配置。それを水盤やミラーの反射によって増幅させることで、居心地のよい借景とした。そしてその外側の森に、浴室や書斎などの鉄骨造の部屋が張り出す。窓の周辺にはデスクや本棚、浴槽、洗面台によって居場所が設けられていて、そこからリスのように樹肌を間近で眺めたり、鳥のように葉を見下ろし、花の香り、小鳥のさえずりを、実感できる。窓辺が生活と森を結び、空間全体を豊かにするのである。
保存の対象として森を外から眺めるだけでは、人と自然の距離は離れる一方だ。これは森と共に暮らした、初期の人類の住処のような集合住宅である。
|