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日本建築家協会賞 
「日本盲導犬総合センター」
設計者:千葉 学 (有)千葉学建築計画事務所
日本盲導犬総合センター 外観
日本盲導犬総合センター 内部
千葉 学
この日本盲導犬総合センターは、日本でまだまだ不足している盲導犬を育成するための施設として計画されました。盲導犬の訓練や繁殖、研究のための良好な環境を作らなくてはならないのはもちろん、盲導犬を通じた福祉活動を広く社会に認知してもらい、いずれ国際交流の拠点にも位置づけていくために、広く社会に開かれた施設であることが求められました。訓練施設としての守られた環境と、誰でもが訪れることができるという開かれた構造という相矛盾する質をどのように実現させるかが設計上の大きなテーマとなりました。

「小さな街」
それは、素朴な片流れ屋根の「コテージ」が点在するイメージと、富士山の裾野という雄大な大地に強くへばりつく「回廊」が蛇行しながら昇っていく、その2つのイメージが一体となって具現化しています。
様々な場所が独立しかつプライベートでありながら、どこでも自由に歩き回れるような空間、歩き回ると、次から次へと様々な活動の風景が見え隠れしていく空間、全体としての輪郭は曖昧でありながら、どこか緩やかな秩序がある空間、それは一つの小さな街のようでもあります。
蛇行する回廊の間にコテージを分散して配置する、という極めてシンプルなルールによってできた建築は、設計段階においても様々な与件を吸収しながら柔軟に姿を変えていきました。それは予め目標とする形態や美学に向かって構築的に進むのではない、あたかも有機体が運動、成長しくような、新しい設計の方法論になるのではないかと考えています。

■コテージ
犬の成長ステージに応じた犬舍、研究や来訪者のための空間などが、一つ一つ独立しながら並ぶことで、それぞれの空間に求められるプライバシーや独立性、機能性を確保しています。
■回廊
蛇行しながら各棟を結ぶ回廊は施設全体を巡る動線でもあり、来訪者にとっては、盲導犬の訓練の様子を見物することのできるギャラリー空間にもなります。
■プロムナード
施設中央を東西に貫くプロムナードは、ショートカットの動線であり、また視覚障害者が大勢集まる慰霊祭などのイベント時には、主要な玄関口にもなります。
■ガーデン 
回廊と各棟に挟まれた外部空間は、犬の訓練のためのフリーランや、各棟に光や風を運ぶための中庭になっています。

配置計画
車中心の地域ですが、駐車場が道路脇に並ぶ、いわゆるロードサイドショップ型の景観にしてしまうのではなく、建築が通り沿いの風景に参画するように考えました。敷地内通路を設けることで駐車場を敷地最奥に配置し、人々の活動の場所がなるべく前面道路から見えるように計画しています。

構造計画
規模の異なる棟に応じて構造形式、材料を使い分けることで合理的な構造計画を行いつつ、異なる構造形式であっても全体として調和のとれた建築にすることが課題となりました。犬舎や宿泊棟など小さな空間は木造とし、ラウンジ棟などの大空間は鉄骨造としています。
回廊の構造は、地震力をそれぞれのコテージに負担させることで、ブレースのない細い柱が実現しています。強い大地を這うように展開する回廊が、かすかに地面から持ち上げられたような視覚的な効果を意図しています。

設備計画
回廊の床下は、基礎の梁成の深さを利用した配管ピットとなっています。
将来的に増築やメンテナンスが起こりうるこの施設において、土中配管を最小限に抑えるために、回廊の床下に電気や設備などすべての配管を設置しています。それは、盲導犬の訓練にとって最も大切な「地面」を、将来的にも掘り返す必要のないようにするためです。床材には押出成形セメント板を使用し、メンテナンスの際も容易に取り外すことができるようになっています。
またこの施設の排水処理は「蒸散施設」が担っています。自然の浄化機能を最大限に活かしたシステムで、無動力・無放流なため敷地内で処理が完結し、環境への負荷を最小限に抑えています。

ユニバーサルデザイン
この建物は、視覚障害者、犬、健常者など、様々な人に利用されます。そのためのユニバーサルデザインは、より身体的に、より感覚的に居場所を体感できるようなデザインとし、いわゆる福祉施設にありがちな佇まいを避けるように考えました。建物の平面から家具に至るまで、すべてを直角で構成しているのは、単にこの場所への応答としてではなく、視覚障害者が方向感覚を失わないための配慮です。また各部屋のすべての床の仕上げを異種素材にしているのは、自らの居場所を足裏の感覚を通じて把握できるようにするためです。