公共建築の設計者選定方法の改善についての提言

公共建築の設計者選定方法の改善についての提言

2003年9月30日

社団法人 建築業協会           
社団法人 日本建築家協会        
社団法人 日本建築学会          
社団法人 日本建築士会連合会     
社団法人 日本建築士事務所協会連合会


− 序 −

 公共建築の設計者の選定にあたって、日本では"設計入札"が圧倒的に多く採用されてきました。この方法は、最も安い設計料を提示した者を設計者として選定することが、公費を使う公共施設の設計者選定において公平性、透明性が高いとの論拠によるものです。しかし建築の設計に限らず、創造活動を伴う行為は"安い"ということが"良い結果"を保証することにはなりません。そのうえ、様々な条件に対して最適な解答を見出すためのアイディア、デザイン、技術をめぐらす創造的な行為を制約しかねません。これは"創造的行為を金銭で評価すること"に無理があるからでしょう。人々の最も身近な生活の場である公共建築、それを委ねる設計者の選定にあたっては、多角的な観点から検討していただき、より慎重に臨んでいただきたいと念願しております。
「我が国の多くの社会の仕組みが創造力を喚起しにくい」と、教育、企業、行政などさまざまな分野においてその欠点が指摘されてきました。昨今、社会の閉塞感がますます強まる中で、資源の乏しい日本が国際社会の中で諸外国と肩をならべて行くためには、人的な資源とそれが生み出す知的生産力が何より重要であると言われております。一方で、創造力を評価し社会の活力として生かす仕組みは未だ不十分で、活力に溢れる日本の再生に向けて仕組みの整備が欠かせません。21世紀は環境問題を核とした広範囲な対応によって、"環境と開発のバランスの取れた社会を築くこと"が求められており、建設投資も量から質への転換が急がれています。その意味で、設計行為についても、創造的な叡智の結集に向けて、関係者のより広範囲な合意形成と具体化へのアクションが急がれる理由です。
設計料入札という設計料の多寡で設計者を選定する方法を採用する国は世界的に見ても極めて少なく(※1)、公共建築の設計者選定と設計には充分な時間とエネルギーをかけてより慎重に行うべきではないでしょうか。人々はより快適でより美しい国、町に住みたいと願っていますし、魅力に溢れた国づくりは国益にも適います。そのような要請に応えるため、設計者選定にあたっては、設計者の優れたデザイン力や技術力が適正に評価される制度や環境の整備が必要で、人々もそれを望んでいます(※2)。
この提言は主に公共施設の発注者である国、および地方自治体に対して行うものですが、併せて建築設計者を含めた建築関係者および本来の発注者でありその利用者である市民の皆様にも広くご理解を得るために、広く提案するものです。


良質な建築づくりに馴染まない、設計入札の見直しを!

設計入札の問題

1 設計入札は知的生産行為を軽視した方法です
設計入札は設計料の入札とも言われ、長年日本で公共建築の設計者の選定方法として実施されてきました。それは設計料の安さで設計者を決める方法で、もののかたちが未だ見えない段階での知的生産行為を金額で決めることの不合理性が以前から指摘されてきました。
近年、多くの自治体では、公共建築の設計を入札にする事例が増え続けています。"手続きが簡便であり、また公平性、透明性、機会均等性を確保する方法として有力である"という理由がその背景であると言われていますが、"安ければよい"ということが、本来の目標である"良質な建築の創造"と乖離している現状が懸念されます。

2 設計入札は"市民の利益"を考えた方法でしょうか
設計料が安ければ"市民の利益"になるでしょうか。公費の多寡という点では確かに安くて済みます。しかし、公共建築は建設後その地域の住民の生活と長く関わり続けます。具体化のためには、事前の調査、分析に基づいたニーズの把握に始まり、運営時の検討などを含め総合的な知見と叡智に富んだ創造的な能力が必要とされます。安い設計料が十分な対応や適切な設計者の選定を阻害し、結果的に完成した建築によって市民はその後の取り返しのつかない損失を蒙ることになりかねません。

3 設計入札は良質の建築を生み出しにくい方法です
設計入札は"良質の建築を創る"という本来の目的から乖離している点が最大の問題です。市民の生活に最も身近な公共建築を"良質な建築"に仕立て上げる設計は、市民の合意の上に、良いアイディア、良いデザイン、良い技術が集約されて実現できるもので、"お金の安さ"で決められるものではないと信じています。

4 設計入札では良好な都市環境の創造は期待できません
公共建築はその個々の建築の設計に加えて、周辺環境や町並みとの調和など"量から質への転換"や、地球環境への配慮などの時代的な要請を最も強く受け止めて対応すべき建築です。"安さ"を競わせ設計者を選定する方法は、設計への時間、人材の掛け方や活動の範囲に大きな制約を生むことになり、"良好な都市環境の創造"に期待をかけることが出来にくい方法です。


設計入札の状況

5 設計入札は世界的に通用しないばかりか、創造性の低下も招きかねません
知的生産行為である設計者の選定を、設計入札に頼る先進国は日本以外ではほとんど見あたりません。ヨーロッパ、東南アジアではコンペティションが主流ですし(※1)、アメリカでは建築家・技術者選択法(※3)という設計者の実績評価と面接を併用した方式がとられています。建築の設計はボーダーレスの時代を背景にますます世界的な競争の枠組みに巻き込まれており(※4)、従来の仕組みではもはや世界的に通用しないばかりか、発注者、設計者の志の高さや能力の低下を招きかねません。

6 設計入札に適する公共建築は基本的にはありません
かつて学校、交番、公衆便所、改修工事などは設計入札に適する施設だと言われていました。既にプロトタイプがあり公共建築は設計入札でもよいのだという理由でした。限られた時間で大量の施設を供給する高度成長期には効果もありましたが、それがまた施設の画一化を招きました。地域にはそれぞれの特殊性があり、施設はそれを反映して造られてこそ地域に根ざした建築になると考えています。また、今後ますます増えると予想される改修工事の設計にはそれぞれ固有のアイディア、デザイン、技術が問われます。公共建築の設計者選定には慎重なプロセスが必要で、"設計入札に適する公共建築は基本的にはない"というのが実情ではないでしょうか。

7 設計入札を採用していない自治体もあります
国土交通省は公共建築の設計者選定を設計入札ではなくプロポーザル方式で選定することを薦めています。設計入札を採用していない自治体、検討を開始した自治体もありますが、残念ながら多くの自治体では未だに設計入札の採用が主流になっています(※5)。国際化の流れの中で、その根拠とされている、競争入札を原則とする会計法29条の3、地方自治法234条のみでは時代の変化に追随出来なくなりつつあります。

設計入札以外の選定

8 能力のある設計者を時間をかけて選定してください。そのために設計入札以外の
選定方法をお奨めします

大事な使命を帯びた公共建築の設計者ですから"設計料の安さ"で決めるのではなく、時間をかけて慎重に選定する必要があります。公共建築の設計者を選定するためその方法については各国ともさまざまな工夫を凝らしています。設計者やコンサルタントの知的生産能力を評価して選定する方法、アイディアやデザインを競わせる方法など、いずれも設計者やコンサルタントの創造性を喚起することが、結果的に"良質の建築"に繋がることを基本的な理念に組み立てられています。

9 選定方法には次のようなものがあります
第三者(多くの場合学識経験者、一般市民等)が参加する設計者選定委員会によって選定されます。方法は大きく以下の5つの方法に分かれますが、いずれの場合も選定経過は一般に公開され、プロセスの公平性、透明性が確保されることが原則です。

選定委員会の推薦(※6−1)
設計競技方式(コンペティション):発注者側で事前に整えた設計の条件に対して応募者が提案を提示します。(※6−2)
プロポーザル:発注者が求めた簡単なスケッチや考え方を評価し設計者を決定します。
設計者選定後役割分担に応じて発注者と協同でその後の業務が行われます(※6−3)
資質評価方式(QBS):それまでの業績、経験を評価して特定します。(※6—4)
各種技術提案等による総合評価システムによって選定します。(※6−5)
スケジュールに余裕のないときは1の選定委員会による推薦という簡易な方法がとられます。施設の内容を発注者側で詳細にわたってあらかじめ決めている場合は2の方式が良いでしょう。この場合は提案内容を中心に評価します。
市民参加等により設計のための条件づくりと設計を同時に進める場合は3の方式が良いでしょう。この場合には、考え方やアイディア、応募者の資質の評価に重きが置かれます。
4は応募者の資質、経験を通して、個人ないしチームとしての信頼性の評価に重きを置いて評価します。
アイディア、デザイン、技術、業務遂行能力、またその範囲が設計に限らず、施工、施設の維持管理などの総合的にわたる場合は5の方法が考えられます。また、これらの組み合わせによる多彩な選定方法も考えられますが、いずれの場合も審査会、選定委員会など、従来の設計入札に比べますと時間と経費がかかりますが、施設全体の投資額から見ればその経費は極めて少なくて済みますし、なによりまず市民の納得のいく方法を選択されることをお奨めします。

10 選定の方法を迷われている場合はご相談ください
建築系5団体では、設計者選定について、行政、市民の方々が気軽に相談できる窓口を設けています。それぞれのケースに適した設計者の選定のお手伝いをいたします。(※7、8)


※1 (社)日本建築学会の調査によれば、ヨーロッパではコンペによって、アメリカではQBSによって選定される例が多く、中国、台湾でもコンペが主流です。ただし中国では設計料も評価の対象になります。韓国では日本のような設計料入札もありますが、必ずしも最低価格で決まらない仕組みが考えられています。
※2 東京工業大学仙田研究室では2002年10月、横浜の集合住宅に居住している約280世帯に対してアンケート調査を行いました。それによると現在、公共建築の設計者をコンペ等で選んでいると思っている人は約27%で、将来、良い公共建築をつくるためにはコンペで選ぶべきだと言う人は90%に上っています。逆に設計料で選ぶべきだと言う人は3%に満ちません。
※3 アメリカでは、少なくとも国の施設は、1974年に制定された「建築家・技術者選択法(ブルックス法)」により設計者が選定され、設計入札は行われていません。
※4 中国、韓国をはじめアジアの国々は、世界の設計者、コンサルタントを受け入れようとしています。世界的な仕組みに不慣れな日本の設計者、コンサルタントは国際的な建設市場で苦戦しています。
※5 国土交通省の調査では、件数にして約85%の公共建築が設計入札で選定されています。1980年代随意契約が多かったのですが、最近設計入札が増えています。
※6
 1. 選定委員会推薦:選定委員が候補者を推薦し、委員会の協議で決定します。原則的に候補者に資料を求めず、委員会が独自に資料を収集します。
 2. 設計競技方式:設計案を選び、その提案者を設計者に指名する方式で、設計案作成に必要かつ十分な要件や条件を発注者があらかじめ設計者に提示するとともに、提案作成に必要な期間と応分の費用を用意しなければなりません。
 3. プロポーザル方式:設計体制、実施方法やプロジェクトに対する考え方についての技術提案書を求め、必要に応じてインタビューを行って設計者を選びます。技術提案には、具体的な設計案を求めることはせず、設計を委託するに相応しい組織と人を選ぶことを目的とします。
 4. 資質評価方式(QBS):設計担当者の資質、人格、実績を審査し、必要に応じて担当者の代表作品を視察し、関係者にヒアリングを行って評価し、プロジェクトに相応しい組織と人を選定します。当該施設の設計案は求めないため、設計競技方式のように設計案に拘束されることはありません。
 5. 総合評価システム:設計、施工あるいは施設のメンテナンス、建設資金のファイナンスなどすべてにわたる提案を求め、総合的な評価により最も優れた提案チームを特定する方法で、設計者はチームの一員として包括的に選定される方式です。
※7 (社)日本建築家協会(JIA)が詳しいパンフレットを発行していますし、(社)日本建築学会では設計競技の要項をつくっています。(社)公共建築協会ではプロポーザル方式の詳しい資料をつくっています。
※8 JIAでは、公共建築の設計者を選定する際に、JIAの推奨するQBS方式が採用された場合には、その実施と運用等がスムースになされるように、第三者性、公平性、透明性を保ちながら、発注者を支援する体制づくりをしています。
なお、日本建築学会は他の学協会と協力して"まちづくり支援建築会議運営委員会"を立ち上げています。この会議の会員を、設計入札に替えて"選定委員会によって良い設計者を選定したい自治体等"に推薦し、選定委員会の進め方、スケジュール、経費等を助言し、支援しています。

 


 


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